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コーギーとお昼寝

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玄界灘ヨリ荒波来ル

*一部政治的なネタを含みます

「釜石さん、戸畑さんから電話が来たんですけど」
工場での作業中、事務職員から耳打ちされて「今行く」と告げる。
「いえ、ただ『玄界灘ヨリ荒波来ル、注意セヨ』と伝えてくれと」
「軍部からの伝令文みたいじゃな」
しかし文章の意味はどういう事だろう、と考えながら工場を出ることにする。
玄海灘と言えば福岡だ、福岡というと自分が育てた愛弟子の顔が一番に思い浮かぶ。
そして荒波という事は……素直に読み解くなら荒れているという意味だろう。
「そういう事か」
「どういうことですか?」
「これから仕事で荒み切ったやは「釜石!」
まるで獲物を狙う大型犬のように飛び掛かってきた男をキャッチすれば、案の定それは八幡であった。
「お久しぶりですねえ釜石顔合わせは出雲でのこと以来ですから半月ぶりですか?お元気そうで何よりですよ私はそれにしてもこっちはホントに寒いですよねえいや北九州も寒いんですよ?でもこっちよりはまだ南ですからね南と言えばそれにしても韓国ですよ!あそこもほんと何考えてるんですかね!あの判決のせいでこっちは家で息つく暇もなく東京に出ずっぱりなんですよ!角打ちで酒の一杯も飲めやしない!餃子を肴にビールの一杯でもっ「落ち着け」
マシンガントークを無理やりふさいでやればこれは相当鬱憤が溜まっていると見え、職員に「わしの仕事は全部明日以降にまわすからそう伝えておいてくれ」と告げると驚きつつ「わかりました」と答えた。
「八幡、うちで飲むか」
手を外してやれば「当然ですよ」と答える。
「そのためにわざわざ東京駅で色々仕入れて来たんですから」

***

こたつに火を入れるとその上には東京駅で仕入れて来たという酒やつまみが並び、そのつまみが明らかに普段食べる機会のない地域の食であるのを見てこれは絶対計画的な脱走だと密かに確信した。
八幡はワンカップを一気に半分も飲み干すと酒臭いため息を吐いた。
「ほんっっっっっともう嫌んなりますよ」
「例の韓国での判決か」
半月ほど前に海を挟んで隣の国で出された判決は会社上層部どころか政府を巻き込んでの大騒ぎとなっており、一応この会社の代表格となっている八幡はそちらの方に追い立てられていたようで、今回の原因はそこにあるらしかった。
(こいつはこの20年くらい韓国嫌いが加速しとるしなあ)
育てた弟子からの技術盗用以降すっかりかの国が嫌いになってしまい、それが鬱憤をより深めているのだろうと感じている。
「釜石、」
「うん?」
「私は頑張ってるでしょう?」
「そうだな」
ここで否定してやると間違いなくゴネるので適宜肯定してやれば8割ほどは満足したようだった。
「なのにあの弟子はホントに恩知らずですよね」
「空きっ腹で飲むと酔いが回るぞ、ますのすし食え」
口元にますのすしを押し当てるとそのままもぐもぐと食べ始める。
(……いや、このまま適当に相槌打って酔い潰して寝させた方が良かったか?)
しかしもうますのすしは八幡の胃のなかである。
ああだこうだ言ってもしょうがないので、空きっ腹に日本酒をガバガバ流し込みながら猛烈な勢いで愚痴をこぼしたりやたらと触って来たりする八幡を撫でまわしつつ適当なものをつまみながら適当な相槌を返してやる。
「かまいし、」
早くも酔いが回ってきたのか少しばかり舌足らずな口ぶりで、こちらを抱きかかえるとそのままぎゅうと抱きしめられる。
「わたしのいちばんはかまいしですけど、かまいしのいちばんはわたしですよね?」
その問いかけにかつて好いた少女の名前が浮かんだが、八幡はあの娘が嫌いだったことを思い出す。
しかし八幡とあの娘を比べてどっちが上か、と問われてもどっちが上と答えられる気はしなかった。
「人の好き嫌いに1番も2番も無いさ」
その答えに僅かな不機嫌を滲ませながら「そうですか」と呟く。
「でもお前はわしの一番弟子、これは永遠に変わらんさ」
「そうですけどね」
「まったく、お前さんはいつまでたってもわしの前じゃ子どもだなあ」
「とうぜんですよ」
人前ではきっちりと振舞う癖に釜石!と呼ぶ声は母を求める子供の声だ。
それが何よりもめんどくさくて、一番愛おしい。





八幡と釜石と最近の事

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団子を食う話

毎年のこととはいえ、神々の集会の季節である神無月はわりあい暇だ。
自分のような下位の神様は縁結びの集会に呼ばれるのは2~3日程度であるし、それ以外は各地の神々と交流を持ちながら奥出雲にある鉄の神々がまつられる社のなかでダラダラと過ごすのが通例であった。
(まったく、早く帰りたいもんですねえ)
暇潰しにと持ち込んだ大量の文庫本も月の終わりごろになれば大方読み終えてしまうし、出雲へと持ち込まれた仕事を片付けるのは戸畑がひとりでやってしまうのでやることがない。かといって小倉や此花のように日がな一日酒を飲んでるのも好きじゃない。
「八幡、ちょっとええか」
ひょっこりと顔を出してきたのは釜石だった。
ここにいる間着用を義務付けられている狩衣をたすき掛けしていったい何をしていたのか。
「はい?」
「ちと御厨(※台所)まで来てくれ」
本の帯をしおり代わりに挟み込んで御厨に足を延ばすと、御厨の方から出ていく鹿島や加古川がバタバタとすれ違ったときにふわりと小豆や砂糖の甘い匂いがした。
「菓子でも作ったんですか」
「ああ、悪いんだがちょっくらおおやしろ(※出雲大社)まで届けに行ってきてくれんか」
「おおやしろまで?なんでですか?」
「知らん、ただ作って持ってこいとしか言われとらんしな。ま、おおかた出雲や伊勢におわす神様連中の気まぐれじゃろ」
この時期はいつもの事とは言えどもなあと呟きながら、水きりした団子を木箱に詰めていく。
「……本社のお偉い人間より出雲や伊勢の神様の方が勝手ですよね」
「本当にな」
木箱に詰められた団子を風呂敷いっぱいに包んで、おおやしろへと持って行くことにした。

***
おおやしろの辺りはいつも人間も神々も入り交って賑やかではあるが今日はいっそう賑やかなようであった。
しかし神格のある神々は祇園のお化けの日(※祇園の節分行事の一つで舞妓さんが仮装して祇園の街を歩き回る)のように、本来の装いとは異なるものを着用しているのが分かった。
しかしどう見ても洋風の装いなのが……と思ってふと気づく。
「きょうハロウィンでしたね」
西洋由来の祭りごとではあるが楽しけりゃなんでも取り入れるお国柄は上位神も同様であり、要はこの団子はハロウィンのお菓子という事なのだろう。十五夜辺りと混ざっている気もするが。
出雲の縁結びの仕事も終わったので最後にパーッと遊んでから帰ろうという事なのだろう意図は薄々読めたが適当過ぎるだろう。
とりあえず団子を顔見知りの眷属に預けてさっさと奥出雲の社に引き返すことにしよう。
***

奥出雲の社に戻るともう既に辺りが夜の闇に包まれていた。
御厨で夕飯を拵えていた釜石は私を見て「おう、お疲れさん」と返してくる。
「何作ってるんです?」
「余った団子や小豆で果報団子を作ったんでお前さんの分が冷めないように保温しとった」
何てことない顔で大きめのお椀に小豆と団子の汁を注いで渡してくる優しさが暖かい。
「釜石はもう食べたんですか?」
「ああ、他の連中はもう食って酒盛りおっぱじめとる」
「酒盛り好きですよねえ」
「まあ大抵の奴は酒好きじゃからなあ」
塩味の小豆汁と団子を咀嚼しながら、旨いか?と笑う釜石に小さく頷いた。



八幡と釜石のある出雲の一日

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どしゃ降りの夜と心拍音

目が覚めてみればそこは深い夜の闇とどしゃ降りの雨音が響く自分の部屋だった。
不愉快な夢を見た感覚だけがべったりと張り付いている。
夢の中で誰かにののしられた事だけは覚えているが、私を罵倒するような者がいただろうか?と考える。
小倉とのあれはせいぜい口での小競り合い程度のものでしかなく、憎悪と嫌悪を込めて怒鳴って罵倒するものがいたとは思えなかった。私は、この国が誇る製鉄所なのだ。
「やわた?」
古い名で釜石がぽつりと呼ぶ。まだ眼差しが溶けていて寝ぼけ気味なのだろうか、と思う。
「釜石、」
寝ぼけ気味の釜石がまだ薄ら酒臭い吐息を吐きながら私をぎゅっと抱きしめ、その両の耳をふさいだ。
「しごとのこといがいはきかんでええぞ、やわた」
その寝言の意味はよく分からないがその言葉が私に向けられた優しさであることはすぐに分かった。
「おまえはほこるべきこのくにのてつうみのかみじゃ」
てつうみのかみ、鉄を生む神という意味合いで時折釜石の口からこぼれる言葉だった。
神と信仰の薄れたこの頃は聞くことも無い言葉である。
「はい」
「おまえもわしもれっきとしたひとはしらのかみさま……」
少しづつ声が小さくなっていき最後は寝息に変わった。
釜石の腕の中で心拍音だけが子守歌のように響く。
怒鳴り声や罵倒のようなどしゃ降りの音が心拍音と寝息にかき消され、それにじっと耳を澄まして目を閉じた。
そういえば天気予報で明日は晴れると言っていたな、と思い出しながら。




八幡と釜石。内容がないようで実はあるのかもしれないお話。

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着物のはなし

・此花と振袖
「その歳で振袖には無理がない?」
淡い黄色に紅葉柄の振袖と同系色の羽織ものを着た私に神戸が心配そうに私に問うがそんなことを言われても困る。
パーティードレスなどという品のいいものを持ち合わせていない以上、こういう場に着ていくものが振袖ぐらいしかないのは面倒だと思うが買うのも面倒でそのままになっている。
「未婚女性の礼装だから別に良いだろ」
「でもいい年した女性が振袖なのはどう見ても行き遅れにしか見えないわね」
「それを言ったらそっちも同じだろ」
「ドレス買いなさいよ、私が見立ててあげましょうか?」
「神戸の趣味だと華やか過ぎることになりそうだから遠慮しとくよ」

・釜石と単衣
「もうぼちぼち単衣も終わりだなあ」
肌寒い季節になり、秋から夏の間に愛用していた着物を無地のたとう紙にくるんで収納する季節になった。
夏に着る青みの強い着物から、秋冬用の紺に近い色の着物へと模様替えするのもまた一つの季節の変わりを象徴する出来事になる。
もう少ししたら冬の盛りに着る長羽織やコートも出すことになるだろう。雪の季節も近い。

・東京と浴衣
江戸小紋の白い浴衣に博多帯をキュッと締めて脱衣所を出ると、君津が珍しそうにこっちを見た。
「東京が浴衣着てるの初めて見た」
「うちで寝るときは浴衣なんだよ、君津の家には浴衣置いてないからそっち泊まる時はジャージなだけ」
「俺が着付けそんな得意じゃないから置いてないだけで、東京の分の着替えとして持ち込むなら別に置いとくぞ?」
「仮にも神様の身分で着付けが苦手ってのはどうかと思うけどね」
前に買ってやった着物もたまにしか着ていないようだし、今どきの若い奴はという気持ちもなくはない。
しかし君津は兄弟分というひいき目を抜きにしてもいい男なのだ、いつも隣に飛びぬけて顔のいい鹿島がいるから目立たないだけで。
「それに、お前カッコいいんだから着物着れば若い子にキャーキャー言われんじゃない?」
「別にキャーキャー言われたくて着る訳じゃないんだけどな。まあいいや、風呂入って来る」
「お前今晩浴衣な」
ちょうど箪笥に君津に似合いそうだと思って仕立てておいた浴衣が一枚あることを思い出して腰を上げれば、えーという風に顔をしかめるのだった。

・西宮の着物
私が今よりも少し幼い時分はまだ庶民の服と言えば着物が主流で、私も葺合も仕事でないときは着物で過ごしていた。
葺合は女の着物の事なんてさっぱり分からないので、此花や神戸に頼んでいつも私に似合う着物を選んでは着せてくれたことを思い出す。
「それがこの古い着物たちなんだけど、捨てるにも惜しいしもう私の体に合わないからどうしようかと思って」
水島と福山にそう愚痴を漏らすと、福山が「私が作り変えましょうか?」と声をあげる。
「作り変える?」
「鞄とか巾着とかにしたらこれ、すっごく可愛いですよ」
「そうかしら」
「ええ。水島の洋服に作り変えてもいいし西宮さんの小銭入れとか、きっと可愛いですよ」
福山がそんな風に語るので、それも悪くないかしらと思って着物を二人に預けることにした。
数か月後、私の幼い頃の着物は水島の和柄シャツや私の巾着袋になった。

・鹿島くんは和装をしない
海南から貰ったまま、まだ一度も封を開けていないものがある。
「この着物ほんとどうしようかなあ」
衣替えとなるといつも目につくたとう紙にはあと小さなため息が漏れる。
俺ぐらいの年代だともう着物なんてほとんど着ないから貰った着物を持て余し、どうしようかと悩んでしまう。
かといってそのまま捨てるわけにもいかず、虫よけの樟脳の匂いが濃くなるばかりだ。
「………いつか、着る機会あると良いんだけど」
そう呟きながら今日も俺は着物をしまい込むのだった。




製鉄所組と着物のお話

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ロシアンティーのある午後

「しんどい」
ぽつりと此花がため息を漏らす。
台風21号からの復旧がようやくひと段落して通常営業した矢先、再びの台風接近の一報だ。そうなる気持ちも分かる。
「気持はわかるわよ、でもあんまり愚痴を漏らしてもしょうがないんじゃない?」
「だとしてもおかしいだろ今年!大雪豪雨地震台風地震台風って何のミルフィーユだよ!要らねえよこんな災害のミルフィーユ!」
「ほんとよねえ」
ミルクティを優雅にすする神戸さんに対し、此花は相も変わらず疲れの隠せない悲鳴を上げる。
「西宮さんお茶のお替りいりますか?」
「ありがとう、ミルクと砂糖はなしでお願いできますか」
「はい」
加古川さんから二杯目のストレートティーを受け取ると、此花が「あたしにもお代わりちょうだい」とティーカップを差し出した。
「ミルクティーで良いですか?」
「苺のジャムを入れたロシアンティーが良い」
「此花、ロシアンティーは紅茶にジャムを入れない「良いんだよそういう事は」
加古川さんは二人のやり取りに苦笑いをこぼしつつ早速いちごジャムの入った紅茶を入れてくれる。
「どうぞ、夏に採れるなつおとめのジャム入りロシアンティーです」
「なつおとめ?」
「栃木の方には夏にしか採れない苺があるので、真岡が大量に買ってジャムにしてくれるんです」
「へえ、」
真岡さんと言うのは神戸さんのところのひと(製造所)だっけ、と思い出す。
此花がロシアンティーを一口飲むと「美味しいね」とほほ笑んだ。
「美味しいもの食べて英気を養ったら、次に向けて頑張りましょう?」
「ま、それしかないよねえ」
此花が苦笑いをしつつロシアンティーを飲むので、私も飲みたくなって加古川さんを呼ぶのだった。



西宮と神戸と此花と加古川。
下半期も大変そうで溜息しか出ない関西女子の話。

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