・酷暑(君津+東京)
クーラーの効いた事務所から一歩外に出ただけでむわっとした湿気と熱波が顔に来る。
もう日も暮れた午後5時過ぎだというのにこの暑さはいかがなものか、と彼女の脳裏によぎる。
「よう、」
「君津がこっち来るなんて珍しいじゃん」
黄色みの強い金髪をオールバックにしてクールビズ仕様のビジネススーツを着た君津がそこにいた。
ビジネス仕様の服装なんて珍しいから今日は客相手に何かしに来てたのだろうか。
「帰ってから飯食うのめんどくさくて泊めてもらおうと思っただけ」
「ああそういう事ね……」
その名の通り本来は内房に住む彼がこの東京とは名ばかりの板橋の外れまで来ることは意外に少なく、むしろ彼女が彼の元へ行くことの方が圧倒的に多かった。
「というかどこ行くつもりだったんだ?」
「食材調達、冷蔵庫が空だったんだよ」
「……夕飯スイカで良いんじゃねえ?」
ほれ、と掲げてきたのは立派な大玉スイカである。
バスケットボール大はあろうかという立派なそれは確かに二人で分ければちょうど良さそうだ。
「お前がそれでいいなら夕飯スイカでいいか」
そもそもスイカは食事ではない、という事実には目を背けてこの熱波から逃れるために事務所へと戻って行った。
・海(大分+佐賀関)
この隣人は釣りが好きである。
自分が生まれた時にはすでにこの豊後水道に釣り糸を垂らし、それを捌いて食っていた。
「……何か釣れてる?」
「仕事サボりか?」
「息抜きの散歩」
「散歩にしちゃあ少し遠くまで来たな?」
そう言いながらもクーラーボックスを椅子代わりに座り込んだ俺を追い返そうとはしない。
佐賀関は自分よりもずいぶんと長く生きてきた。同じ会社どころかヘタすると業界内でも年少に分類される自分には想像もできないほど昔の時代を彼は知っている。
「火傷の調子はどうだ?」
「だいぶ良くなってきた」
「そりゃあ良かった」
佐賀関の視線は水面に浮かぶ浮きに向けられている。
ちゃぷん、と浮きが海面に沈むとタイミングを合わせて一気に引き上げる。
その先にいたのは大ぶりなマイワシだ。
「……美味しそう」
「生きてる魚を見て美味そうって八幡辺りが聞いたら卒倒する発言だぞ」
「でも、イワシの刺身って前作ってくれたじゃん」
「そうだっけ?」
「忘れた?」
「ま、どっちにしても刺身食いたいなら食い終わったらちゃんと仕事に戻るって約束しろよ」
「うん」
フォロワさんとの絵茶会の際に書いたもの。