会議に参加させられていた神戸と小倉は終始不機嫌だった。
司会進行役の八幡は二人の不機嫌を徹底的に無視しながら粛々と会議が進められる。
「釜石さんは、合同に加わるんでしたっけ?」
「国策じゃし断る理由が無いもんで。うち(神戸製鋼)と浅野系列は最初から加わらんと言うてるのになんで呼ばれてるのか」
「ほんとですよ」
この製鐵合同に加わるのは今回の中では自分と輪西と八幡の三人、ほとんど関係のない神戸や小倉からすればわざわざ東京まで行かなければならないなんて嫌がらせに近い。
小倉に至ってはもはや不機嫌を通り越して殺意に近い、普通に考えれば鶴見の浅野造船が行く方が早いんだから当然か。
「……小倉、あなたその殺意こっちに向けるのやめてくれませんか」
「ならさっさとこの会議終わらせて帰らせてくれればいいったい、最初から参加せんって言ってるうちを呼ぶ理由がねえっちゃろ」
「きさん誰に言うとるか分かっとるか?」
ああこれだめな奴だ、と瞬時に察した。
八幡から標準語が抜けるのはだいたい理性の歯止めが利かなくなりだした時だ。
「だいたいこげな嫌がらせみたいな会議やっとるほうがおかしか」
「こっちの言うとることは国の言い分じゃ、なんかきさんくらすぞ!」
「おー良か良か、こっちもきさんくらしとぉてしゃーなかったけんいくらでも買うちゃる。外出んね!」
「八幡、もう会議はここで終いにしとけ。」
「いや何言ってんですか」
「小倉は長旅で疲れとろう、必要なもんだけ渡してみんな休ませとけ」
「……分かりました」
溜息を吐いて会議の概要をまとめた書類を配り全員目を通すことを念押しされた後、三々五々に去っていく。
二人きりになった会議室で八幡が呟いた。
「いつもならもっと早くに止めたでしょうに、まだ調子悪いんですか」
「まだ二月しか経っとらんからな」
「これでも本来の予定より一月遅らせての開催だったんですけどね」
「じゃろうな」
本来この会議は4月の半ばにやると聞いていたがこっちの事情を鑑みて一月遅らせたのだ。
一月あれば少しは落ち着くだろうという八幡の目論見も外れたようだ。
「少しこっちで休んでから帰った方が良いんじゃないんですか?」
「いや、できれば早めに向こうに戻りたい」
「……たま菊ですか?」
その言葉にはあえて何も返さなかった。
あれから何年の月日を経ただろう。
たま菊は未だ行方不明のまま永い年月が過ぎ、今に至っている。
昼のやませの名残かまだ肌寒い夜の街を抜けて初夏の海辺にたどり着く。
釜石の海は命を呑む海だ。
その海の目の前で人々は暮らしを営み、自分もまた製鉄所の付喪神としての暮らしを紡いできた。
やませの出た日はこの海に白菊の花を投げ入れる。
この三陸・釜石にも夏が来たのだとたま菊にも教えたかった。
この海に呑まれたたくさんの命の供養などという殊勝なものではない、ただただ自己満足のような行いだ。
「……届いてんだか分からんなあ、この白菊も」
脳裏によぎるのはたま菊の笑顔だけだった。
-終-
釜石さんの初恋のお話。
こんな感じのことがあったので釜石さんは恋をしないんだよ、という話でした。