*全神栖市民に土下座すべきシリーズの新作です。
*波崎さんついに登場。
千葉市・千葉駅。
(・・・・・なんで引き受けてるんだか)
神栖があまりに真剣に頼み込むので、つい引き受けてしまった。
自分好みの可愛らしい顔を本気で歪ませて『波崎を捕まえる』と言うその執着心にぞくりとした。
ああいう一途過ぎる男は大いに好みである。
神栖は木更津からバスで神奈川に行くと予想して、木更津のバス停にいる。
「・・・・・銚子?」
聞きなれたアルトがふいに耳に届いた。
「波崎か」
潮焼けで茶色くなった髪、俺より低い背丈、海と同じ色の瞳孔。
間違いなく波崎だった。
前途多難だ神栖さん!「探しに来たんだ」
「・・・・・神栖に頼まれてなぁい」
チッと露骨に嫌な顔をした。
神栖はこんな気の強い女の何処に惚れたんだか知らないが、どうも心境は微妙だ。
「やっぱり銚子は男の趣味最悪よね、ちったぁまともな男選べば良いのに。」
「手前さんだって趣味が悪ぃ、神栖のどこがヤな男だい」
「あいつぁ尋常じゃなくしつっこいのよ、顔は可愛いし高収入だし人間だったら理想の相手だけどね」
ため息を漏らす波崎に何も言えなくなるが、でも好みじゃぁない。
その代わり可愛い顔の男なら大概惚れちまうのが悪い癖である。
「手前さん、銚子に『自分の代わりに銚子と結婚してくれ』って書いたんだろぉい?」
「当たり前でしょ、この併合で私は得しなかったし」
アンタと千葉県になったほうがよっぽど良いわ、と言い放って空を見上げた。
夏も盛りの空は何処までも澄み渡っていた。
「あいつをさらってみたいなぁぃ」
「神栖は千葉になる気さらさら無いと思うけどね」
ため息をひとつこぼすと、ふいに波崎を呼ぶ声がした。
「ちーちゃん!」
「・・・・・千葉かよ」
ちーちゃんと呼ばれた幼女はこの町・千葉県千葉市の象徴である。
ついでに言うと俺はこいつに(というかこいつの保護者に)勝てない。
「ちょうし、はさきなんでいっしょなの?」
「あー・・・・波崎にちょっと伝言があってなぁぃ、お嬢はなんで波崎と?」
「きのうね、うちぼうからたのまれたの。はさきをディ●ニーに連れて行ってやってくれって」
「なるほどなぁぃ」
内房のやつ聞いてねぇぞこんなこと、と少しだけ恨んだ。
第一波崎を捕まえたら確実に神栖が会いたがる、つまり波崎を見つけるのは正直望まない展開だった。
「銚子、神栖をあんたにあげるから見逃して貰えない?」
「この状況じゃ見逃すのが最善だろ」
「うん、じゃあ神栖好きなだけ口説き落としなよ。」
それじゃあ、と千葉と手をつないで波崎は人ごみの奥に消えていった。
* *
そのころの千葉県・木更津市。
(・・・・・・予想外したか?)
いつまで経っても波崎が現れない。
木更津から神奈川に行くと言う予想を裏切られたようで、苛立っていた。
何年も何年も波崎が好きだった。
好きだと気づいたのがいつだったのか忘れてしまったくらい、昔から波崎が好きだった。
なのにいつも波崎の視線の先には自分以外の男がいた。
趣味の悪い男ばかり好きになって、振られるたびにこっちに泣きついてきて、なのにこっちを恋愛対象としては見なかった。
そのことにある種の嫉妬はあったし、好きになってもらいたかった。
ただ、それでも利根川の向こう側ばかり見る波崎を嫌いにはなれなかった。
気がつくと携帯は電話が来たと自己主張をしていた。
「もしもし」
『俺だけどなぁぃ』
「波崎は」
もし、銚子が千葉市内で見つけたらまだ可能性はあると思いたかった。
波崎がこっちを見てくれる日が来る可能性があると、言ってほしかった。
『一応見つけたけど、人ごみで見失っちまった』
「・・・・・そうかよ」
『帰りになんか食っていくかぃ?』
「じゃあ奢れ」
『ああ』
当然のように了承したのは意外だった。
「意外だな」
『俺ぁそこまでケチじゃねぇ』
そう笑い飛ばしたこいつはたぶんそう悪い奴ではないのかもなと少し考えが変わった。
波崎と銚子がちゃんと失恋するお話。
なんせ振られるまでどっちも未練タラタラなので。
波崎は銚子が神栖の擁護に回ることで、神栖は波崎を捕まえられなかった事でちゃんとした失恋になります。
きっと波崎が神栖を好きにならなかったのは、神栖波崎はよく似てるからではないだろうか。