忍者ブログ

コーギーとお昼寝

市町村・鉄道・企業・スポーツチーム擬人化よみものサイト、オンラインブクマはご遠慮ください。

墓前語り

「墓参り行くわよ」
「はい?」
俺の母親分・姉貴分に当たる神戸製鋼神戸製鉄所は人んちに押しかけての第一声がそれだった。
「いや、そないな事言われてもさっき北海道から帰ってきたばかりやしトップリーグ開幕に向けた準備が……」
「新盆なんだから行くわよ」
「いや、新盆って誰の……ああ、あの人か」
思いだしたのは昨年10月に惜しまれながらこの世を去った往年の名選手。
80年代から90年代の己の、いや日本ラグビー界の黄金期をけん引した多くの名選手たちのうちの一人として今も多くの人々の記憶に名を遺しているであろうその人であった。
「そういう事、行くわよ」
「まあそれならしゃあないですね」

****

墓地の前には早くに世を去った彼を忍んでの見舞いの品が多く並んでいる。
緑の線香に火をともし、ワンカップを墓石に注ぎかけ、菊の花とまんじゅうを一つを墓前に飾る。
「……そういや、憶えてます?」
「なにを?」
「神戸製鋼ラグビー部7連覇の時の祝勝会」
そう告げると彼女はしばし考え込んでから「何かまずいこと言った?」と尋ねてきた。
「まずい事、かどうかは分かりません。でも俺の記憶してる限りやと祝勝会で泥酔したあとあの人に向かうて『あなたが死んだら私の婿として転生させて練習場の守り神として身近に置く』って言うてましたね」
「……覚えてない」
愕然としたようにこちらを見てくる。
釜石のじー様やその一番弟子の話を聞く限り、彼女が記憶を失うほど泥酔することはほぼ無いらしいが俺が記憶してるだけで3度泥酔している。
「じゃあ、あれは覚えてます?全国社会人大会の新日鉄釜石8連覇が阻止した日の夜」
「……釜石と呑んだことは覚えてるわね、それであの子抱きかかえてものすごい荒れてた」
それ以降の記憶はやはり無いらしい。
まああっても困るか、という気もするがせっかくなのであの夜の事を引きずり出そう。

―1985年(昭和60年)―
「神戸、助けてくれ」
準決勝でノーサイド直前の勝ち越しで勝利を遂げ、トヨタとの決戦に向けてさあ寝ようと考えていた矢先の電話だった。
「助けてくれって何があったん」
「お前んところの親会社が泥酔してうちの親父と暴れてる」
電話越しに聞えてくるのは怒号とも悲鳴とも分からない口論の声。
「あんたたちの併合の時誰が巻き添え食ったと思ってる訳?!救済合併とか言われてたくせに!」
「それは今関係ないじゃろうが!今回はわしの痛飲に付き合うだけじゃったんじゃないんか?」
なんというか、これは相当酔ってる。たぶん誰にも手が付けられない部類のアレである。
まして電話の主である新日鉄釜石ラグビー部という存在は女性に慣れていないので泥酔した神戸を留めるなんて出来る事じゃない。
「……今行くわ」
そうして指定された場所まで迎えに行ったのだが。
目の前に広がっていたのは、釜石のじーさまにジャイアントスイングぶちかます神戸であった。
なお、電話を寄越した方の釜石はどうしたらいいのか分からないという顔で俺を見ていた。真鍮はまあ察して欲しい。
結局神戸本人が飽きるまでジャイアントスイングを続けさせた後、呑み足りないと騒ぐ神戸を強制的に布団に寝かせたのであった。

「……っていう地獄の沙汰が」
「え、まさか釜石が一時期私に酒を飲ませなかったのって……」
「間違いなく原因それやろな」
「我ながら引くわね」
墓前で頭を抱え始めているがこんな話あの人に聞かせて良いのだろうか。というかこれ自体あの人が入社する前の話である。
「まあでも一番ひどかったんは初優勝ん時ですけどね」
「待って私そんなにひどいことした?」
「どっかからビール持ち出して俺にビールぶちまけたのが東芝の神経逆なでしたのを見てサントリーが飲み比べで雌雄を決しようと言い出して、呑み比べおっぱじめたあげく全員企業勢全員泥酔したのとか」
ノーサイドの精神とはいったい何だったのか、と若干疑問を感じたことを覚えている。
まあ初優勝の酒は美味かったのだが、一番悲惨だったのは呑み比べで泥酔した面々が吐いたものを妙な悲しみと沈黙に包まれながら俺たちで処理したことぐらいであろうか。
あの時最大の被害者は間違いなく俺と東芝府中である。
「……その翌朝人生最悪クラスの二日酔いに見舞われたのは覚えてる」
「そりゃあ良かった。俺は今だに逢うたら菓子折りでも渡したい気持ちんなります」
後にオオカミを名乗ることになる男のあの死んだような目と、野武士と呼ばれた男の憐みの視線は忘れようのない記憶である。
「そうするわ」
「是非そうしたって下さい」
「……でも、あれからもう何年経ったのかしらね」
「もう20年は経ちますよ」
「優勝から少し遠ざかっちゃったわねえ」
「当てこすりですか?」
「ぼちぼちトップリーグの優勝が見たいわね」
「負けたくて試合するわけやないですからね、最後の笛まであきらめずに粘れば逆転かてあるんですから」
「91年の社会人大会決勝みたいな?」
「ええ」





拍手

PR

梨を食う

大分からクール便の荷物が届いた。
『この半年お世話になったのでそのお礼です』という簡素なお礼状と一緒に届いたのは、カボスや冷凍のから揚げととり天に大分の焼酎と言った大分の特産品の詰め合わせだった。
比較的日持ちのするものが多いのはありがたい。大分の妹分である光の入れ知恵だろうか。
とりあえず冷蔵庫にポンポンと押し込んでいくことにすると、箱の奥の方にまだ入っていたことに気付いた。
「……幸水か」
大玉の梨が二つごろんと箱の隅から飛び出してくる。
一つは冷蔵庫にしまうとして、もう一つを水で軽くすすいでから皮をむく。
皮を剥いだ真っ白な身から果汁がしたたり落ちてくるのは食欲をかき立てる。
梨は秋の果物のイメージが強いが、幸水は7月下旬ごろから出回り始めるので今頃がちょうど旬の手前の走りの時期に当たる。
包丁でざっくりと4つに割り、一つを口に運ぶとひんやりした梨の甘い果汁が口の中に満ちていく。
「いい梨だな」
ここ半年ほどずっとバタバタしていたけれど、こういう美味いものが届くなら頑張った甲斐があると言うものだ。





君津と秋。
フォロワさんに指摘されるまで君津の話であることを明確にしていなかったという衝撃。

拍手

おやすみなさい、大分さん

「大分さんはまだ寝たい」の直接的な続きです


拍手

夏の空に花が咲く

真っ白の麻の着物に雪駄と信玄袋をぶら下げて人の波を眺める。
待ち合わせは福井駅前の改札口。
隣でぼんやりと掲示物を眺める勝山が人ごみに流されないように手首を掴み、福井の姿を目で探す。
「福井、」
ひらひらっと手を振れば福井がこちらに寄ってくる。
福井は淡い青に花びらの浴衣と桐下駄に身を包んでおり、トンボ玉のかんざしで留めた髪型も含めていかにも夏祭りの風情だ。
「今日は勝山も浴衣なのね、珍しい」
「お祭りなら浴衣かなって」
勝山は灰色の無地の浴衣に和柄のスニーカーというなんだか不思議な組み合わせだ。
こういう変な組み合わせを平気で着てくるあたりに勝山の気質が出ている気がする。
「じゃ、行きましょうか」
福井の後を追いかけるように歩き始める。
駅前はもう夏まつりの空気と匂いに包まれており、太鼓の音に屋台の匂いが香ってくる。
今日は夏祭り、土地も住人も心躍る夢の一夜だ。





今日は福井フェニックス花火なので福井鯖江勝山トリオのお話。

拍手

夏休み、一人旅。

夏の山道は気温が低い。
自転車を漕ぐ足も今日は滑らかに動いてくれる。
大子から敦賀まで、水戸天狗党の痕跡をなぞる一人旅も終盤戦が近い。
この峠を超えると、福井県に入る。

夏休み、一人旅。

3か月前、水戸市内某所。
「という訳で、この夏は一人旅に出ます!」
そう告げると日立が飲んでいた茶を吹いた。
ひたちなかや笠間まで驚いたような顔をしてくるし、随分な反応である。
「……どういう風の吹きまわしだよ」
「いや、せっかく新しい自転車買ったしこの夏は新しいことにチャレンジしようと思って!」
「水戸くん無理しなくていいんだよ……?」
「してないしてない、まだ時間はたっぷりあるし水戸から内原のイオンまで自転車で往復できるぐらいの体力つければ大丈夫かなって。帰りはさすがに電車とバスで帰るけどさ」
みんなリアクションは微妙だ。
全員の心が懐疑と心配に満ちているのが分かる。
「2019年のいばらき国体に向けて体を鍛えるべきだと思って!」
「それ2007年のねんりんピックの時にも同じこと言ってたけどそんなに体型変わってないよな?」
「あの時はこれをやる!って決めずにただ漫然と目標だけ掲げたのが失敗の要因、今回は自転車乗りとして鍛え直して御三家として称えられていたあの頃のようにしなやかな筋肉をつけるんだよ!」
「……自転車にモーターつけるなら俺がやるから」
「日立、別にそう言うのいいから」
……とまあ、散々なことを言われたものの今回は意外に上手く行った。
週末に内原のイオンや大洗の海まで自転車を漕いでみたり、県内視察と銘打って近隣のサイクリングロードを走破してみたりして体力も結構ついたと思うのだ。
で、こうしてお盆の前後に休みを取って自転車を漕いでみたわけである。
元治元年(1864年)11月1日、武田耕雲斎を筆頭とした水戸天狗党は京を目指して散逸していた仲間たちが集合していた大子から出発していく。
下野・上野を抜けて中山道を通って京都を目指す旅だ。
途中の下仁田や和田峠で交戦したり、伊那谷と木曽谷を超えをし、彼らは琵琶湖畔を通らず越前経由の上洛を決定する。
今回は本巣市の中心部から国道157号線をなぞるような形で北上することにしたけれど、実際は峠越えの山道を抜けるルートだ。
ずっと自転車を漕いできたおかげで足もだいぶ疲れてきたけれど、まだもう少し走れる。
福井県大野市の看板を横目に通り過ぎていく。
(ああ、なんだか遠くまで来たんだなあ)
目的地までは、もう少しだ。






大野で水戸天狗党の足跡をなぞるイベントが行われたと聞いて思い付いた話。

拍手

バーコード

カウンター

忍者アナライズ