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コーギーとお昼寝

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ありふれた魔法

言うなればあの男は魔法使いだった。
鮮やかな深紅色の揺らぐことのない意思を湛えた瞳は、それそのものが魔法だったのだ。
そして、目の前には魔法使いを失った哀れな女がひとり。
「西宮」
立ち尽くしてボロボロと泣く彼女の名前を、呼んだ。

ありふれた魔法

西宮と言う女は出会った時から綺麗な子だと思っていた。
深い赤の瞳は宝石の色に似て深く、艶やかな黒髪は新品のステンレスにも負けない。
『葺合、』
『なんだ』
『綺麗な子だね』
『……当然だろう?』
自慢げに笑う葺合の目には西宮への愛と自信が浮かび、私もそれに同意した。
それが全く違う性質のものになったのはきっと、あの時だ。
『葺合のことずっと好きだったんだろう?』
『うん……きっと、生まれた時から』
西宮が美しくそう笑ったあの瞬間。
息を飲むほどに美しい微笑みを見た瞬間に、私の中の感情は確かに今までと違うものになったのだ。

****

「ボロボロだな」
西宮は潤む瞳で私を睨んだ。
透明な涙の膜の向こう側からあの瞳が私を覗き込んでくる。
「本社に戻りな、千葉や知多も心配がってるだろう」
「……まだ葺合がいない」
微かに震える声で答えた西宮に、私は軽く息を吐いた。
(敵に塩を送る、って感じだが)
まあいいさとポケットから真新しい携帯電話を取り出す。
「せめて、本社に連絡ぐらいしときな」
「携帯持ってたの?」
「一応な」
西宮はゆっくりとキーをして電話をかけ、私はその背中をただ見ていた。






此花→西宮。恋した相手は別の人に恋してた話。

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走る男と追う女7

阪神製造所に統合されてから、私たちの生活は穏やかになった。
川崎製鉄の顔役としての仕事を千葉に譲って私たちは生活のほとんどを神戸の街で過ごした。
私は葺合に渡された古い万年筆で仕事をこなし、葺合は私がプレゼントした手帳を愛用してくれた。
「西宮」
「はい?」
「昨日此花から聞いたんだが、ずっと俺のことを好いていてくれたんだろう?」
「……聞いちゃったんだ」
「ああ。そう聞いたら嬉しくなった」
葺合はそう告げると、見たこともない穏やかな顔で私に笑いかける。
ずっと追いかけてきた姿がそばで笑いかけてくるのは正直心臓に悪い。

「だから、ありがとう」

****

1994年(平成6年)3月、阪神製造所廃止。
葺合は水島製鉄所神戸地区になり、私は千葉製鉄所西宮地区となった。
しかしそれでも私たちの関係は変わることは無かった。
そしてこのまま一緒に生きてゆけるのだと信じていたのだ。

葺合の廃止が告げられたのは、1995年(平成7年)の春の終わりのことだった。









―振り向くな、振り向くな、後ろには夢が無い。
―ただ前を向いて走る事だけが、未来への最短距離だ。
私は神戸の街を走った。
愛する男の姿を必死に探し求める足は止まることは無い。
心臓はバクバクと鳴り響き、浅い呼吸を繰り返しながら私はその姿を探し求めた。
遠くで鐘の音が響く。
いつもなら鳴るはずのない鐘の音を聞いて、私は唐突に理解した。

(これは、葺合を弔う鐘だ)

戦後を走り続けた男は私だけを残して、去っていった。



という訳で葺合西宮一挙更新キャンペーンでした。
川崎製鉄時代はちょっと濃すぎて頭くらくらするぐらいなのでみんな見てくれ。

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走る男と追う女6

巨大化する千葉に並行し、水島の誕生、いくつかの工場の廃止、事業の譲渡と新事業の開始、葺合の足は止まることが無かった。
そして私もまたそれを追いかけてきた。
しかし、いつかはその足も緩んでいくのだ。

1978年(昭和53年)、冬。
「此花!どうしよう!」
「何の前触れもなくどうした……?」
「葺合にプロポーズされた!」
「は?」
とりあえず落ち着け、と私を机の前に座らせてお茶を淹れ始める。
ほかほかと湯気を立てる煎茶を一口呑めば心も少し落ち着いた、やっぱりコーヒー紅茶よりも緑茶の方が落ち着く気がする。
「とりあえずプロポーズって何さ」
「あ、いや、えっと……冷静に考えたら、あれプロポーズでも何でもなかったのかも」
「いや実際どうだったかは別にして何があったか説明してくれないと困るんだが」
「ええっと、葺合と私が来年春に統合されて阪神製造所になるからってこれを」
机の上に私は一つづつ渡されたものを並べていく。
古い万年筆、新品のカード入れ、川重兵庫の名前の刻まれた布のブックカバー、青いハンカチ、そして綺麗に磨かれた6ペンス銀貨。
「……サムシング・フォーだな」
「だよ、ね?」
唐突に電話のベルの音が響いて、ちょっと待ってと此花が席を立つ。
私が葺合に渡されたモノたちを見ながら考え込んでいるうちに此花が戻ってくる。
「夕方になったら迎えに来るってさ」
「えっ?」
「あと、それは間違いなく葺合からのプロポーズだよ」
私が固まっていると「祝杯でも開けようか?」と冗談交じりに聞いてくる。
「葺合のことずっと好きだったんだろう?」
「うん……きっと、生まれた時から」
此花は私の顔を驚いたように見つめてから、「じゃあ祝杯だ」と笑ってくる。
「でもお酒はダメ、迎えに来てくれるのに酔ってたら恥ずかしいから」
「はいはい、玉露でも開けるよ」
そうして此花が私の前に高級な玉露を差し出し、湯呑の玉露で乾杯をした。



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走る男と追う女5

当初、千葉での製鉄所建設は無謀な挑戦のように見られた。
しかしその無謀は恐ろしい事にすべて実現させてしまったのである。
1956年(昭和31年)12月19日
「金の目途がついた」
「えっ……」
「世界銀行から2000万ドルだ、必要によっては追加融資も受けられると思う」
実際にその後千葉への設備投資を目的に2度に分けて1400万ドルの追加融資を受け、川崎製鉄は国内製鉄業で一番世界銀行から金を借りた企業になった。
その金はすべて千葉のために使われたのである。

****

千葉製鉄所は広大な県有地に建設され、1953年(昭和28年)に稼働は既に始まっていたが高炉は一基のみしか稼働せず製鋼一貫体制は確立されていなかった。
「西宮!」
「久しぶり、千葉。元気にしてた?」
「うん、どうかした?」
「様子を見に来ただけ。ちょっと会わない間に背が伸びたね」
私達と同じワインレッドの瞳を輝かせ、生まれつきのふわりとした髪が東京湾の潮風に微かになびいた。
葺合が千葉をほとんど付きっきりで面倒を見ると宣言して関東に行った時は本当に大丈夫なのかと心配したものだったが、結局何とかしてしまったのだからすごい人だ。
「葺合よりもでっかくなるよ、俺!」
「そしたらうちで一番大きいことになるね」
「でしょ?」
さらりと髪を撫でてから再び辺りを見渡す。
この広大な埋め立て地は千葉県と千葉市から無償で借りたものだというのだから本当に驚いてしまう。
いったい何をどう言いくるめたのか不思議だと私はここに足を延ばすといつも不思議に思う。
「千葉、」
「うん?」
「葺合から聞いたんだけど、また新しい設備投資するんだって」
「ほんと?!」
「私が嘘をつく必要ないでしょ?」
千葉はその顔をキラキラと輝かせながら私の方を見るのだった。



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走る男と追う女4

それから葺合は製鋼一貫製鉄所の建造と言う夢に向かってまっしぐらに走り出した。
西山さんと共に候補地を巡った末に、二人はある結論を出した。
「ちょっといいか」
「はい?」
「製鋼一貫製鉄所を千葉に作る」
「……山口とかじゃなく?」
「千葉だ」
けろりとした声でそう述べた葺合の顔を覗き込むが、その目はいつも通りの深い赤だ。
葺合がそんな冗談を言うような相手でないことは分かっているが、随分と遠くに作るものだと驚いてしまう。
「でも、お金は」
「オヤジがなんとかする」
そしてまあこれが一つ騒動の始まりなのであった。

****

「ばっっっっかじゃないんですか?」
八幡さんはばっさりとそう切り捨てた。
声のトーンは努めて冷静であったけれど隠しきれない怒気を端々に滲ませながら答えていく。
「確かに鉄鋼の生産能力の増強は急務ですけど休止中の高炉を動かすことが先決です、それに製鉄所を増設するなら私か釜石が先になるのが妥当でしょうが」
「作る予定でもあるのか」
「そう言う意味じゃなくて!ほんとその淡々とした声腹立ちますね!」
「八幡、ちっと落ち着かんか」
ぺしんと頭を軽く叩いて釜石さんが待ったをかける。
こういう時八幡さんを止められるのは釜石さんだけだな、とつくづく思う。
「いやこれもう予定とかそう言う話じゃないですよ、工場にぺんぺん草しか生えませんよこれ」
「ぺんぺん草は薬草じゃぞ?煎じて飲むと熱が下がる」
「そう言えば釜石に昔飲まされましたねぺんぺん草のお茶、あれ効果あるんですか?」
「あるぞ?昔高任さんに飲まされてな」
なんか2人の話がどんどんずれてきている。
千葉に作る製鉄所の話をしに来たのだが、2人の会話がぺんぺん草の薬効の話にずれてきている。
「で、八幡。世界銀行に金を借りるときはどうしたらいいんだ?」
葺合が力技で二人の会話を引きずり戻す。
「はい?」
「いやだから、世界銀行から金を借りたいんだが?」
「……世界銀行に借りに行くと?」
「他所が貸す気ないからな」
馬鹿かこいつ、と言う目で八幡さんはじっと葺合の目を見ているのだった。



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