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コーギーとお昼寝

市町村・鉄道・企業・スポーツチーム擬人化よみものサイト、オンラインブクマはご遠慮ください。

星を捨つる

注意書き

このお話は軽い暴行と出血があるのでお気を付けください



「何でアントラーズの株をたったあれっぽっちで売ったの」
鹿島がいかにも気にくわないという口ぶりで私にそう尋ねた。
東京本社まではるばるやって来て金属バットで私のいた部屋のドアを叩き壊しての第一声がそれか、と思わずため息が漏れた。
周囲の従業員(それも元住金の人たちばかりだ)が不安と心配のこもった目で鹿島と私を見つめている。
「株を全部手離してないだけマシでしょう」
「八幡はあの子の価値がわかってない!」
「あれぐらいが妥当でしょう」
「アジアトップクラスのチームがあの程度なの?」
アントラーズの近年の成績は悪いものではない。むしろいいぐらいで、アジアトップクラスという言葉は十二分に適切だ。
「だいいち、貴方のところには野球部が既にあるで「良くない!」
鹿島の目が獣のように獰猛になる。
こんな表情もするのか、と妙な感心すら沸くほどにその眼差しは実に真剣で本気のものであった。
「あの子は、俺が此花から貰った一番の贈り物なんだ。それを鹿島の街から引きはがすような真似は絶対にさせたくない」
「だから株式全売却してないんでしょう、貴方や此花があの子にどれだけの価値を見出してるかは私も十分に分かってるつもりですよ」
「なら、どうして売ったのさ」
「………あなたのためだけにアントラーズを保有し続けても利益が無いからですよ」
今や鹿嶋という土地は関東随一の工業地帯となりアントラーズ以外の娯楽も存在するいま、うちの会社(日本製鉄)がアントラーズを保有していなければならない理由はどこにもない。
なにより、スポーツ事業は企業にとって基本金食い虫だ。ある程度独立した存在として自主的に動くぶんには別になにをしてもいいがこっちの負担は少ないに越したことはない。
そう告げると鹿島は周囲の制止を振り払い、何も言わずにバットで私の頭を打ち据えた。
「鹿島ァ!」
そう叫んだ私の目を鹿島は怒りに満ちた目で睨みつける。
だ生ぬるい血が私の頬を這ってぽたりと落ちた。今頃あちらでは事務所のブレーカーが落ちて停電ぐらいは起きてるかもしれない。
「俺からアントラーズを引きはがしておいて何が利益だ!ただ単にっ……ただ、住友金属を殺したいだけじゃないの?!」
「それは和歌山に言うべきことでしょう」
この世界から消え去った住友金属は少しづつ歴史の海に消えていく。そう言う運命にあることを惜しむ行為に何の意味があるというのだろう。

「住友金属は生き延びるために併合したんだ、なのに、それをそっちがそっちの都合で殺していくんだ……俺たちは死ぬために共生を選んだつもりはないよ!」

このままではまた暴力沙汰が起きると判断したらしい職員が鹿島の両腕を掴んでずるずると引きずっていくのを見届けると、私は近くにあったハンカチで殴られた部分を覆った。
此花も血の気が強い方だと思っていたがまさか鹿島があんなに血の気が強いとは思わなかった。いったいどういう教育をしたらああなるのだろう。
物陰に隠れていた和歌山が「大丈夫ですか?」と恐る恐る声をかけて来たので、救急箱を持ってくるように告げるのと和歌山は隣にいたアントラーズに救急箱を取りに行かせた。
「何で隠れたんです?」
「あの状況で俺が出てきたら一緒に殴られそうだったし、なによりもっと怒りますよ。うちの可愛い末っ子は」
アントラーズが持って来た救急箱で頭の傷を消毒してから傷口の具合を見て「医療用ホッチキスで傷縫っときますね」と言って冷静な処置まで始めてくる。
「正直なこと言っていいですか」
傷口をホッチキスで縫いながら和歌山が口を開いた。
「どうぞ」
「鹿島の言い分は正しいですよ、だって八幡さん住友金属の気配を残す気ないですよね?」
「……当然でしょう。日本製鉄はどこの財閥や企業グループにも属さない、公平な存在であるべきです。住友家の気配は出来る限り早くに消すべきだった」
「それは八幡さん側の言い分、勝者の言い分です。俺たちにとって住友金属の名残を消されることは家族の歴史を失う事と同じです。そりゃ誰だって怒るってもんですよ。
……ま、全部は俺の甲斐性無しによるものですけどね」
どこか自虐めいた言葉が和歌山の口から洩れると「傷口縫い終わりましたよ」と言う。
縫い終わった傷口周辺をアルコールで濡らしたガーゼで拭って、髪の毛の位置を上手くずらせば傷は概ね隠すことが出来た。
「八幡さんみたいに今を生き抜くために全部捨てられるほどみんな強くないんですよ」
そう言う問題なのだろうかとどこか腑に落ちない気分になりながら、私は髪の毛の下の傷が早めに消えることだけを祈った。

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八幡と鹿島と和歌山

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