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コーギーとお昼寝

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君に還る日のために7

夏から秋へ季節が変わる日だった。
「……合併の承認、降りたんですか?」
『ああ、ようやくだ』
電話越しに釜石が穏やかに笑っている。
声だけでもお互いこの長い闘争を駆け抜けたことへの達成感と、再び共に暮らす喜びがその声ににじんでいた。
『5年か、長かったな』
「ええ」
ただいまと呟く私に、お帰りと釜石は呟いた。

****

1970年3月31日の八幡の街は素晴らしい春晴れの空であった。
玄海灘から差し込む清廉な朝の陽ざしが、古びた高炉に降り注ぐように差し込む。
今日から私のものではなくなるその高炉の様子を見に来たのは私だけではないようだった。
「あら八幡もいたのね」
「……神戸、あなた仕事したほうが良いんじゃないですか」
「これも仕事の一環よ」
東田第六高炉は新日鉄という巨大企業の誕生に伴って神戸製鋼に移管される。
「体調は平気?高炉を移すとなるときついでしょう?」
「こう言う痛みはもう慣れましたよ」
神戸が朝の日差しの下で美しく笑う。
「さあ、新しい時代を生き抜きましょう。八幡」
―おわり―

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君に還る日のために6

春うららかな日にしかめっ面をした灰色のおじさんたちが会議室の長机に並んでいる。
富士と八幡の合併を巡る議論はついに公聴会などという大騒ぎにまで発展し、大広間の会議室には政財界のお偉方や鉄鋼業を代表する顔ぶれが立ち並んでいる。
「ここが正念場ねえ」
神戸が皮肉めいた口ぶりでそんな台詞を吐いた。
私達は公聴会の様子を見るために準備された空間で、茶を片手にその様子を見守ることにした。
「貴女反対でしたっけ?」
「正直どっちでもいいわ、私は神戸製鋼という私の証明を残せればそれでいいもの」
「……そうですか」
そうして、運命の公聴会が幕を開ける。
賛成派と反対派の意見が入れ代わり立ち代わり伝えられ、来る日も来る日も討論が続く。
「基本的には全員賛成なんだな……当たり前か」
釜石が意外そうにつぶやくと、葺合が呆れたように溜息を洩らした。
「全員薄々いつかそうなるだろうと思っていたことだからな」
「あー……やっぱそうなのか」
「残りはそれぞれの利益や自社の被害を最小限に食い止めるための工作に過ぎない」
「そうなんだろうな」
釜石がなにか寂しいような困ったような声で呟いた。
葺合がその意味を問うような眼で釜石を見ると寂しそうに告げた。
「仲間が増えると同時に食い扶持争いが起きる、そんな当たり前を痛感しただけじゃ」

****

8月、広聴会が終わっても唯一解決していない問題に私はぼんやりと頭を悩ませていた。
全くまだ頭が痛いと深い溜息を吐くと「八幡、」と後ろから声がかかる。
光沢のある赤のドレスを着た神戸が後ろに立っていてにこりと笑いながらこう言った。
「今から一緒に食事でもしない?」
「私に奢らせる気じゃないでしょうね?」
「まさか、私が払うわ」
「……どうせロクな頼みじゃないんでしょうけど、いいですよ」
どうせこの頭痛の種はそうすぐに消えてくれそうにない。
神戸の金でいいものを食べて気を紛らわすぐらいは許されるはずだ。
彼女が選んだのは高価な中華料理屋で、くるくると回るテーブルには回鍋肉やら餃子やらが並ぶ。

「今度停止する予定のあなたのところの東田第6高炉、あれ私に譲ってくれない?」

神戸が唐突にそんな口火を切る。
食べていた北京ダックを取りこぼしそうになる私を横目に、神戸は紹興酒をくいっと飲み干した。
「……恩を売りに来ましたか」
「そんなんじゃないわ、うちも生産力を上げたいのよ」
「生産力ね」
「これは本当よ、別にあなたたちの合併に反対する気はないもの」
残った北京ダックを思いきり口の中に放り込んで飲み下す。
「分かりました」
直接借りを作るのは癪だが仕方あるまい。
「東田第6高炉は休止ではなく神戸製鋼に譲渡、それで上に話しておきますよ」

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君に還る日のために5

心臓が破裂しそうなほどにざわめき立つ。
その扉を蹴破るように飛び込むと私は声を張り上げてその名前を呼んだ。
「釜石!合併の認可下りましたよ!」
「いやお前どっから来た?!」
「ちょっと瞬間移動使いました、それはともかく私たちを邪魔する障壁は全部消えさったことを喜んでくださいよ!」
「分かったから落ち着け、な?」
落ち着け―と身振り手振りで伝えてくるが私にはそれどころの話ではない。
この20年でいちばんの悲願がようやく叶うのだ、あの頃のように一緒に暮らせる以上の喜びがどこにあるというのだろう!
「落ち着いてられるもんですか!ようやく一緒に暮らせるんですよ?!」
「いやまあそうだけどな?まだ仕事残ってるんじゃないのか?」
「それもそうですね、一日でも早く一緒に戻れるよう仕事に邁進してきますね!」
まずは本社に戻ろう。
そして私達がもう一度暮らす日のために仕事をするのだ。

しかしその決定は、覆された。

―数日後―
「……合併差し止め」
「なんかそうらしいよ」
朝一番に渡された戸田の新聞を受け取って記事にざっと目を通す。
くしゃりと柔らかい紙が潰れる音がして、私の指先は小さくわなないた。
「あいつらは、私の邪魔しかする気が無いんですか」
「まあそれが仕事だし」
戸田の冷めた口ぶりが冷たく響く。
訴訟だろうが何だろうがもうどうだっていい。私達の悲願を、邪魔する権利はもはや誰も持ち合わせていない。
「……どんなことをしてでも勝ちますよ」

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君に還る日のために4

「ついに合併届け出か」
初春の東京をどこか浮かれたような心持ちで釜石が呟いた。
ようやくこれでひと心地着くはずだ。
「ええ、4月の終わりには公取委の審査も終わるはずですから6月には合併できるはずです」
あと三か月で一緒に暮らせるのだと思えば心が浮かれる。
梅雨支度を終えた頃にはもう私たちは一緒になれるのだ。
同じ新日鉄という名前を抱えて暮らせることは私にとって喜ばしい事なのだ。
「そう言えば扇島にレール製造設備譲渡の話、したんですよね?」
「おう、向こうはまだ腹を据えかねてるようだけどな」

***

その頃、日本鋼管本社。
「本当にレール製造やるんですか?」
福山は心配げに私―扇島―を見ていた。
きょうは、社内上層部が集まっての会議の日だった。
『分からないけれど、そうなるんじゃないかしら』
日本鋼管は独立独歩の民間企業だ。
だとしても国の意向は富士八幡は合併すべきで、そのために協力は惜しまないという。
国の意向に逆らう力を私たちは持っていない。
会議室の隅の椅子に腰を下ろし、会議の内容にじっと耳を澄ませる。
紛糾する会議は長々と続き、やがて一つの結論が出た。
「……本当にレール製造やるんですね」
『なんだか変な話よね』
「なにがですか?」
『国に新しい商材を押し付けられることになって増やすか増やさないか揉めるなんてそうある事じゃないんじゃない?』

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君に還る日のために3

1968年夏
上から届いた手紙にちっと舌打ちが漏らした。
「八幡、行儀が悪いぞ」
「公正取引委員会から連絡が来たんで見せてもらったんですけど、合併は認めないって」
引き渡された書類を釜石に手渡すと、ふうと小さくため息を履いて私的独占かあと呟いた。
「日鐵の頃はうちで国内の銑鉄の8割だったか?普通に供給したりしとったのになあ」
戦前、国内では銑鉄のほとんどを日鐵が生産してそれらを国内の鉄鋼メーカーに販売していた。
しかしそれは現在のルールでは私的独占になってしまい、それが合併を阻んでいたのである。
「ほんとですよね」
「ええっと、独禁法に引っかかるって言うのはどれだったか……」
「鉄道用レール・食缶用ブリキ・鋳物銑・シートパイル(鋼矢板)、電磁鋼板、冷延薄板、厚板……あとまあ諸々含めて確か9品目ですね」
「思ったより多いな。鉄道用レールはまあうちとお前のとこでしか作っとらんから分かるが、ブリキは誰か作ってたか?」
「ブリキはうちで原版作ってメーカーに供給してますから」
「そういうことか、めんどくさいなあ」
「ホントですよ」
ああまったく面倒だ。
しかしこの合併は全社、ひいてはみなの悲願である。反対も無理も多すぎることは分かっていた。
あらゆる困難を薙ぎ払ってでも一緒になるつもりでいた以上諦める訳には行かない。
「とにかく独禁法に触れなきゃいいんです、それ用の方策を練りましょう」

***

年が明けて、1969年3月のうららかな春の日のことであった。
電話越しに釜石は我が耳を疑うとでもいうような口ぶりで呟いた。
『……レール製造の別会社案?!』
「どうも公取委がいまの案を気に食わないらしくてですね、そういう話が出てるんです」
『一応別会社にしておけば独禁法に引っかからないってことか』
「それでなくとも設備の売却や破棄は既定路線ですし……私は嫌ですよ、あなたと別れるのは」
『決めるのは永山さん達だしなあ、あの人を信じよう』
あの人を信じようだなんてずいぶん軽い口ぶりで言うものだ。
電話切るぞ、と釜石が告げる。
「……あなたが死ぬのは嫌です、しんにってつにあなたがいないなんて」
零れ落ちるような台詞と共にぽとりと目から雫が落ちる。
『死なないための最大限の努力はするさ、だから泣くな』
「ないてませんよ」
―数日後―
ふらりと釜石がほうじ茶の匂いを漂わせて本社に足を運んできたとき、何を口にするのだろうかとおびえながらその口が開くのを待った。
「別会社案、無しになる目途がついた」
「……ほんとですか?!」
「ああ、扇島のところでうちの設備を引き取ってもらうことにした」
「よかった」
思わず涙腺が緩みそうになるのを釜石が笑いながら抱きとめた。
「まだまだ先は長いぞ?」
「分かってます」
私は、この人が絡むと涙腺がおかしくなる。

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