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コーギーとお昼寝

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ラストワルツ

牛牧衣織さん(@okina_sosaku )ちの日野くんといすゞさんと、うちの釜石さんの話。



昭和20年、秋。
まだ二度の艦砲射撃の傷跡の残る惨たらしい姿の町に降り立って、思わずはぁとため息が漏れる。
東京から北へ北へと丸一日車を走らせてたどり着いたのは三陸の誇る鉄の都・釜石。
遠方の知人の見舞いに行くといういすゞさんに勝手に着いてきた自分が悪いとはいえ、東京からここまではあまりにも遠くまだ道も悪い。
いすゞさんは釜石の地に着いてからいやに口数が少なく、その横顔はどこか怯えすら感じさせる。
日本製鐵釜石製鉄所の門の前いた職員に声をかけると案内役だという中年の職員が来て、彼はまだ爪跡の残る古ぼけた小屋の前にいすゞさんを案内した。
「釜石さん、入りますよ」
がらりと案内役の人が引き戸を開けると、いすゞさんがじっとその目を見開いた。
彼の姿には見覚えがあった。日本製鐵釜石製鉄所その人だ。
いすゞさんは彼を見舞いに来たのだとようやく悟る。
「……傷は、ないんですね」
いすゞさんの声が震えていた。
ほとんど生気を感じさせない姿は寝姿というよりも人形が横たわっているといった方が近いが、微かに聞える吐息が彼が死んでいないことを伝えていた。
いすゞさんが釜石さんに手を伸ばすと、「元気そうで、良かった」と呟いた。
案内役の人が仕事があるのでと立ち去り、部屋は三人だけとなる。
「ねぇ日野くん、わざわざこんなところまで道連れにしてごめんね」
「着いてきたのは俺の方ですから」
いすゞさんは俺の手を掴む。
冷たく冴えた手を握り返しながら俺は深い眠りにつく釜石さんを見つめていた。
「私の子供のころのことなんだけどね、」
ぽつりといすゞさんが話を切り出した。

****

私の子供のころのことなんだけどね、私はずっと『石川島の倅』って呼ばれてた。
……そう、石川島造船の血筋ってことで。彼も水戸藩とは少しばかり縁があったから、それで父親とは顔馴染みだったんだよ。
それで素材である鉄の勉強をして来いって父親に言われて一人で釜石まで行かされてね。可愛い子には旅をさせよってことだったんだろうけど、その時は心細くてねえ。ようやく仙台まで鉄道が通ったって時代にひとりで三陸まで。
この辺りは江戸以前からの陸の孤島で道もあんまり整備されてなくてね、とりあえず北を目指して歩いて気仙沼まではバスがつながってたから一人で行ったんだ。だけどそこから先はバスもなくて道が悪いって言われて、どうしようかと思案していた時に釜石さんが来てね。それが初対面。
あとから聞いたら父親が気仙沼辺りまでは一人で行けるだろうからそこから先は迎えに行ってやってくれって頼んでたらしくてね、今思うといい思い出だけど。
それで気仙沼から先は車だったけど、道が悪いもんだから揺れが酷くてね。でも、東京から外に出たのはあの時が初めてだったものだから、楽しかったな。
それ以降ずっと世話になり通しだった。
一番の思い出はあれだなあ、大正の半ば頃だったかな。私やダイハツ君が華族会館にお呼ばれすることになってね。それでワルツを踊るってことになったんだけど、2人とも踊れなくてどうしようかって思ってたら前日に釜石さんが教えてくれることになってね。
テンポが遅いとか足の動きとかガンガン言われてね、時間ないからスパルタだったとはいえあの時は怖かったな。一応その時は何とかなったよ。もうワルツのやり方はもう忘れちゃったけどそんなこともあったんだよ、昔は。
だけど初めて『いすゞ』って呼ばれた時は嬉しかったなあ。父親から独立した時に初めてそう呼ばれたんだけどね、『石川島の倅』じゃなくなったんだってあの瞬間に痛感した気がするよ。
……それぐらい、思い出がたくさんある大切な人ってことだよ。

「いすゞさん、」
「うん?」
「釜石さんが起きたら、お祝いでもします?」
「そうしようか」


生と死のはざまをたゆたう意識の中で、ぼんやりといすゞの声が聞こえた。
細面を青くしてこちらを見るのでああ随分と俺は死体のような状態なのだろうと思う。
「いすゞ、日野。わしは平気じゃぞ」
声をかけようにもこの身体は凍り付いたように動かない。
その名を呼ぶことも、青ざめた顔を温めることも出来ない。






それから70年以上の歳月が過ぎた。
この地に在る宿命として繰り返される災害の爪跡の痕跡のような、腕のケガに彼の顔が青ざめた。
「お前の青ざめた顔を見ると、わしが死にかけとったときみたいで怖くなる」
そう告げると「……すいませんね、怖がらせて」と返ってくる。
「いすゞ、わしは大丈夫だぞ」
「……ですよね、」
「おう。まだ死なんさ」
あの時だって助けてくれる奴がいた。
まだ、この友人たちを残して死ぬ気などさらさらない。

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