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コーギーとお昼寝

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君に還る日のために2

1966年・八幡製鉄所内
「八幡さん、読まれましたか」
戸畑が差し出してきたのは一冊の雑誌だった。
「何の話です?」
「永山さんの『東西製鉄二社合同論』ですよ、国内高炉メーカーを2つにまとめて国際競争力の底上げを図るっていう主張です」
「ああ……それですか」
「これ、富士と八幡の併合が念頭に置かれてますよね」
戸畑の感想はその通りであった。
この論文は合併への機運醸成も目的の一つであり、世間の反応を見るためのものでもあった。
「そうでしょうね」
「現実的だと思えないので」
「戸畑、富士と八幡の併合は私や釜石の悲願ですよ。それをこうして世間に出して貰えて私個人は結構嬉しいぐらいなんです」
「それは八幡さんご自身の感情の話ですよね」
じっとこちらの目を射抜くようにそれを見た。
戸畑の真っ白に色を抜いた髪から覗く眼は何かを見抜こうとする意志が感じられていた。
この論文にはそれ以上の意図があることを、恐らく戸畑は理解している。それを私に問おうとしているのだ。
(……まあ、いずれ戸畑も知る事ですしね)
稲山さんの口から聞こうと私の口から聞こうとそこに大差はない。
むしろマスコミ発表で初めて聞くよりかは私の口から聞いた方がまだいいだろう、いまの戸畑は八幡製鉄所の主力である。
「わかりました、これからする話は今のところ内密の話なので正式発表まで口外しないでくださいね?」

***

1968年4月17日
大手新聞の一面を大きく飾ったのは『八幡・富士鉄合併へ』という文字であった。
「大々的に取り上げられましたねえ」
「鉄鋼業以外では結構衝撃的だったみたいですよ」
戸畑が事務所に置いてあった複数の新聞を私の前に並べてそう告げる。
日刊工業などの専門紙よりも一般紙である毎日の方が熱が入っているのが意外であったが、論調はそう悪いものではない印象を受ける。
「さて、どうなりますかね」
―数日後、八幡製鉄本社内の会議室―
「俺は反対やっちゃ、こげな合併」
久しぶりに顔を合わせた君津は少年から青年へと変貌しつつあったが、むすっとした顔でそう吐き捨ててきた。
高炉の火入れを目前に控えた矢先にこんな話が出てきて動揺するのは分からないでもないが、そのあまりの反応にこちらの表情は一気に険悪になる。
八幡製鉄内の全員を集めての会議の内容は、富士製鉄との合併にまつわる事案を私自身の口から聞くことであった。
(そもそもこの会議の言い出しっぺが君津で堺が同調した辺り、目的は見えてるんですけどね)
「何を言ってるんですか、これは富士製鉄と八幡製鉄の悲願なんですよ?」
「骨董品一歩手前の設備しか無か富士との併合に何のメリットがあるん?」
「東海製鉄……いまは名古屋製鉄所でしたか、あの子がいるでしょう。彼はあなたたちと変わりないですよ」
「逆に言えば富士にある戦後に整備された製鉄所は名古屋だけって事やろ、俺達には何のメリットもなか救済合併っちゃ」
救済合併。それは若手社員の多くが抱いた見解であった。
実際、室蘭や釜石のように戦前の設備が多数を占める製鉄所が主力の富士との併合にメリットはあまりないというのも事実である。
「……まあ、君津の気持ちは分からへんでもないなあ」
「堺まで何言ってるんですか?」
「せやかて俺と君津は日鐵を知りませんからねえ、古い人らの気持ちなんて全然分からへんのですわあ。ねえ光のねーさん」
「えっ、あー……」
困ったように視線を彷徨わせた光が助けを求めるようにこちらを見た。
こう言う展開になるのは最初から目に見えていた。
「堺、光を巻き込むんじゃありませんよ」
「巻き込んでませんよ、ただ光のねーさんも同意見やろうと思っただけです」
堺もいけしゃあしゃあとよくいうものだ。
この場の目的はシンプル、君津や堺が私に直接『自分はこの合併に賛成しない』という意思表示をするための場所だ。
私を呼べば自動的に稲山さんにもこの話が届く、要はそう言うことだ。
「八幡さん、」
ふいに口を開いたのはずっとつまらなさそうにコーヒーを飲んでいた私が戸田と呼ぶ少女―八幡製鉄東京製造所―だった。
いつもは私を呼び捨てにしてくる戸田の突然のさん付けに戸惑いつつも彼女は言葉を継いだ。
「そもそも、この合併は誰の意志なの?」
「誰のって稲山さんや永山さん、ひいては今は亡き三鬼さんの意志ですよ。私はあくまでも存在するだけで直接経営には関われないですしね」

「……八幡さん自身の意志は、微塵も介入してないって言える?」

その質問にピンと空気が凍る。
光ですらその質問にピクンと反応していて、どうやらこの質問はこの子たちにとっては意味があるのだということはすぐに分かった。
「ある訳がないでしょう」
東京の目を見据えると、深い溜息を吐いて「わかった」と呟いた。

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