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コーギーとお昼寝

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拝啓、金子直吉様5

「お嬢さん、話があります」
ある昼下がり、田宮が私の元にやって来た。
「どうしたの?」
「……ここを潰すことになるかもしれません」
苦渋の言葉を漏らす田宮に、ああやはりそうかと思っていた。
私の命は細い一本の糸で繋げられたようなものであることはもう既に分かっていたことで、何度となく出銑に失敗していたことも踏まえれば仕方のない結論であった。
この出銑に関しては必死に尽力した技術者や職員の奮戦があったが、どちらにせよ経営が厳しい事には変わりがない。
「いちおう金子さんとこの製鉄所を門司へ移転するかという話があるのですが」
「九州へ?」
「はい、」
「……構わないわ。門司でも下関でも何処でも。あなたが私のためを思ってそう言うのならば、どこにだって行く」
「お嬢さん」
「今の私に死ぬことより恐ろしい事は、もうなにもないわ」
私がそう告げると、田宮は驚いたような顔をした。
10つくらいの見た目の少女が吐くにはあまりに重苦しいその言葉は、私の覚悟であり偽りのない本心だった。
「……いま門司に土地を探しています、見つかったら一番にお嬢さんにお伝えします」

しかし、世の中とは不思議なもので事態は突如急転する。
「三井と三菱の傘下に入る?」」
「今朝がた金子さんから言われたのですが、三井銀行が三菱と共同でこの製鉄所を買いたいと」
「本当に?」
「はい、まだ返事待ちではありますが……」
「それでも三井と三菱の傘下なら間違いなく今以上に安定する!」
「田宮さんもお嬢さんも朝から何なさってるんですか?」
「聞いて依岡!私、もしかしたら三井三菱傘下に入って強大な経営基盤を得られるかもしれない!」
「本当に?」
「私、死ななくてもいいのかも知れない!」
依岡も田宮も私が生き永らえるならどこでもいいと思っていた。
無論金子直吉への恩はあるけれど、幼い少女の死を見たくないという普遍的な人間の感情で彼らは私の生を願っていた。
ただ、この話は三井側からの返事が途切れたことによって水泡に帰すのだが。

****

三井三菱による買収話が立ち消えとなった後、金子直吉による資金援助を受けて神戸製鋼所は新たな設備投資を行うことになった。
「でも、このお金は金子のおじさまが大里精糖所の売却で得たお金なのよね?」
「そうですが」
「お家さんや金子のおじさまは私が三井に行けなくて気落ちしていたんじゃないかしら」
「一つの失敗でくよくよしていられませんよ、それにお嬢さんの作る鉄は日本中が必要としているのにそんな簡単に潰したりできません」
田宮は私を慰めるようにそう告げた。


「それに今、依岡君が金子さんとあなたを生かすための策を練ってるのです」

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