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コーギーとお昼寝

市町村・鉄道・企業・スポーツチーム擬人化よみものサイト、オンラインブクマはご遠慮ください。

ボードゲームができない

「粗鋼生産量世界第二位、おめでとう」
思ったよりもすんなりと口からこぼれたセリフは宝山の表情を驚かせた。
「……怒らないんですね、老師」
「わざわざ怒るかよ、弟子は師匠を超えるものだろ」
八幡は不機嫌になるだろうが俺としてはそちらの気持ちの方が少しだけ大きかった。
微かに目を細めて「なら良かった」と呟いた。
宝山製鉄所、その日中共同の超巨大プロジェクトは常に政治と民衆に振り回されて複雑で困難で耐え忍ばなければいけないことがあまりにも多すぎた。
だからと言ってこいつ自身を恨んでも仕方がない、あの思い出しただけで頭痛を起こしそうになるような無茶苦茶は時代と政治のせいだ。
「もう、お前が二度と政治の道具にならないことを祈るよ」
政治というボードゲームの駒になってしまったこの弟子が、自らの足で飛ぶ日を待っている。



君津と宝山。

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世界で一番美しい呪い

大阪の街は焼野原であった。
ありとあらゆる建物が瓦礫となり老若男女が行き交って暮らしている。
唯一の救いはもうあの耳をつんざくようなサイレンを聞かないで良いことぐらいで、焼野原の何もない街はどん底以外の何物でもない。
まだ小さな和歌山は手を掴んだまま、尼崎は一言も口を開かないまま大阪の街を歩いていた。
「……尼崎、」
「なに?」
「仕事が増えるよ」
「何さ急に」
「この焼野原に新しい街を作るんだ。ゼロから道を、ビルを、鉄道を、新たに作り直す。そのために必要な鉄を生む、それが私たちの存在意義だ」
「……そんなの分かってる」
尼崎の目は何かを堪えるようであった。
それは当然のことであった。
住友家にもう私たちを守る力が無い事も、生き延びるために多くの仲間が去り行く運命であることも、そして自分たちの作ったモノの哀しい末路も、見ないふりなんてしていられなかった。

「俺はこんな未来のために生まれたわけじゃない」

それは本音であった。
全てはまやかしで、その砂上の楼閣はあの雑音まみれのラジオによってただの砂になったのだ。
「ああ、それは私もだよ」
砂上の楼閣はついえた。
「あまがさき、」
和歌山がふいに声をあげた。
「あそこ、おはながさいてる」
指をさした先には一輪だけ花が咲いていた。




旧住金組の話。終戦記念日にちなんで。

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いつかの夜の話

そのひとは、悲しいことも苦しいことも全部煙草の煙と一緒に飲み込んで暮らしてきた。
「新しい煙草、カートンで買っといたよ」
「あんがと」
ねーちゃんはべりべりと包装紙を破いて新しい煙草の封を切る。
ワンカップの空き瓶にたまった煙草の吸い殻を俺に突き付けてくるので、黙って吸い殻を捨てておく。ほんの少し水を入れておくことも忘れない。
社員寮の小さな庭に繋がる窓のサッシに背中を預けてぼうっと月を眺めている。
「……なあ、」
「うん?」
「明日には、住友じゃなくなるんだな」
住友金属と新日鉄の合併の話が出たとき、一番複雑そうな顔をしていたのはねーちゃんだった。
俺たちに決定権はないから覆すことも出来ずにこうして見守っていくほかなく、多少揉めたりはしたものの結局合併は決まって明日からは新しい会社になる。
「釜石さんたちといっしょは嫌?」
「別に嫌いではないけど、ただ住友から切り離されるってのが上手く受け止めきれないだけだよ」
とんとん、と煙草の灰を空き瓶に落とす。
灰は水に落ちて小さな音を立てて沈んでいく。
「時代の流れってのは残酷だと思わない?」
「それを見守っていくのが俺たちの役割なんじゃないのかな」
「まあそうだけどさ」
お駄賃代わりに買った缶チューハイを開けると、秋の匂いがする。




此花と尼崎。姉と弟が見てきた一つの歴史の終わりの話。

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拝啓、金子直吉様7


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拝啓、金子直吉さま6

1910年(明治42年)、私は依岡と共に呉を訪れることになった。
目的は呉の海軍工廠。そこに自社の鉄を売る事が出来まいか、という野望であった。
以前から金子直吉には海軍の大物とのつながりがあり、その縁で呉工廠が神戸製鋼所に興味を抱いた。
当時の日本軍は国内の製鉄業にとっては大口の顧客であったので、海軍を相手に商売ができれば経営は安定する。
それが田宮の言うところの『私を生かすための秘策』だった。
「あれが呉?」
「ええ、いつも見てる海とは違うでしょう?」
「そうだわ、黒くて大きな船がたくさん浮かんでる」
「あれは全部日本海軍の軍艦です。あれをうちの鉄で作ってもらえないか、頼みに行くんですよ」
「依岡ならきっとすぐ頷かせちゃうでしょうね」
私があまりに無邪気にそう笑うので依岡は困ったように笑っていた。
「そのためにもお嬢さんの協力が要るんです、出来ますね?」
「もちろんよ」

****

呉の一流旅館で開かれた宴会は、海軍の大物が多く居並ぶ盛大なものであった。
丁重に客人をもてなす依岡を手伝いながら私はこの場を成功させねばなるまいと意気込んでいた。
その片隅でふっとこちらを見る人がいた。
海軍中将の制服に身を包みながらも、肩章はどの階級のものでもない独特のものだ。
ごつごつとした体つきに男らしい精悍な顔つきをした、いかにも若い軍人さんという見栄えだ。
「神戸製鋼所、」
「はい」
「ああそんなに緊張しないで、膝を崩して楽にして。あとのことは依岡さんに任せて少し話をしよう」
「じゃあ、失礼します」
足を延ばして座布団の上に座る。
その真っ青な海の青をした瞳で、この人は自分と同じ神の領域にあるものだと悟った。
「……呉海軍工廠、さん?」
「工廠さん、で構わないよ。どうせこの場に他の海軍工廠はいないしね」
「はい。じゃあ、工廠さん」
私がそう呼ぶと嬉しそうにほほ笑んだ。
そうして彼と私は私が眠りにつくまで他愛もない話をした。



神戸製鋼所が、海軍からの受注を受けるのはこの少し後の事であった。

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