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コーギーとお昼寝

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走る男と追う女5

当初、千葉での製鉄所建設は無謀な挑戦のように見られた。
しかしその無謀は恐ろしい事にすべて実現させてしまったのである。
1956年(昭和31年)12月19日
「金の目途がついた」
「えっ……」
「世界銀行から2000万ドルだ、必要によっては追加融資も受けられると思う」
実際にその後千葉への設備投資を目的に2度に分けて1400万ドルの追加融資を受け、川崎製鉄は国内製鉄業で一番世界銀行から金を借りた企業になった。
その金はすべて千葉のために使われたのである。

****

千葉製鉄所は広大な県有地に建設され、1953年(昭和28年)に稼働は既に始まっていたが高炉は一基のみしか稼働せず製鋼一貫体制は確立されていなかった。
「西宮!」
「久しぶり、千葉。元気にしてた?」
「うん、どうかした?」
「様子を見に来ただけ。ちょっと会わない間に背が伸びたね」
私達と同じワインレッドの瞳を輝かせ、生まれつきのふわりとした髪が東京湾の潮風に微かになびいた。
葺合が千葉をほとんど付きっきりで面倒を見ると宣言して関東に行った時は本当に大丈夫なのかと心配したものだったが、結局何とかしてしまったのだからすごい人だ。
「葺合よりもでっかくなるよ、俺!」
「そしたらうちで一番大きいことになるね」
「でしょ?」
さらりと髪を撫でてから再び辺りを見渡す。
この広大な埋め立て地は千葉県と千葉市から無償で借りたものだというのだから本当に驚いてしまう。
いったい何をどう言いくるめたのか不思議だと私はここに足を延ばすといつも不思議に思う。
「千葉、」
「うん?」
「葺合から聞いたんだけど、また新しい設備投資するんだって」
「ほんと?!」
「私が嘘をつく必要ないでしょ?」
千葉はその顔をキラキラと輝かせながら私の方を見るのだった。



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走る男と追う女4

それから葺合は製鋼一貫製鉄所の建造と言う夢に向かってまっしぐらに走り出した。
西山さんと共に候補地を巡った末に、二人はある結論を出した。
「ちょっといいか」
「はい?」
「製鋼一貫製鉄所を千葉に作る」
「……山口とかじゃなく?」
「千葉だ」
けろりとした声でそう述べた葺合の顔を覗き込むが、その目はいつも通りの深い赤だ。
葺合がそんな冗談を言うような相手でないことは分かっているが、随分と遠くに作るものだと驚いてしまう。
「でも、お金は」
「オヤジがなんとかする」
そしてまあこれが一つ騒動の始まりなのであった。

****

「ばっっっっかじゃないんですか?」
八幡さんはばっさりとそう切り捨てた。
声のトーンは努めて冷静であったけれど隠しきれない怒気を端々に滲ませながら答えていく。
「確かに鉄鋼の生産能力の増強は急務ですけど休止中の高炉を動かすことが先決です、それに製鉄所を増設するなら私か釜石が先になるのが妥当でしょうが」
「作る予定でもあるのか」
「そう言う意味じゃなくて!ほんとその淡々とした声腹立ちますね!」
「八幡、ちっと落ち着かんか」
ぺしんと頭を軽く叩いて釜石さんが待ったをかける。
こういう時八幡さんを止められるのは釜石さんだけだな、とつくづく思う。
「いやこれもう予定とかそう言う話じゃないですよ、工場にぺんぺん草しか生えませんよこれ」
「ぺんぺん草は薬草じゃぞ?煎じて飲むと熱が下がる」
「そう言えば釜石に昔飲まされましたねぺんぺん草のお茶、あれ効果あるんですか?」
「あるぞ?昔高任さんに飲まされてな」
なんか2人の話がどんどんずれてきている。
千葉に作る製鉄所の話をしに来たのだが、2人の会話がぺんぺん草の薬効の話にずれてきている。
「で、八幡。世界銀行に金を借りるときはどうしたらいいんだ?」
葺合が力技で二人の会話を引きずり戻す。
「はい?」
「いやだから、世界銀行から金を借りたいんだが?」
「……世界銀行に借りに行くと?」
「他所が貸す気ないからな」
馬鹿かこいつ、と言う目で八幡さんはじっと葺合の目を見ているのだった。



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走る男と追う女3

翌日。
真夏の日差しの下、大阪湾の見える公園で此花は水筒片手に私を待っていた。
「……葺合はそう言う方向か」
「本人はね」
「気持ちは分からんでもないさ」
此花は煙草をもみ消して深い溜息を吐く。
「ただでさえそっちは独立するしないで揉めてて、元々自前で高炉を持つのは西山さんと葺合の悲願だ。他所と一緒になってまで得るもんじゃないんだろう。
……それに極端なこと言えばそっちは知多に高炉増設すればいい話だしな」
此花はそう言って私を見た。
私達で唯一東海地方にいる知多は戦中に高炉を作る前提で設計され、終戦で計画は水泡に帰したが高炉を作ること自体不可能ではない。
「そっちだって、」
「うちはうちで色々あんのさ、あたしとしては出来れば広畑を獲得したい」
「一応葺合には伝えておくね。たばこ一本貰っていい?」
「どうぞ」
煙草を一本貰ってから、ついでに火も此花の煙草からお裾分けしてもらう。
「そういえば、広畑本人はいったいどこにいるんだろうね?」
「製鉄所のどっかで寝てんじゃないのか?休止中なら動けないだろ」
「ふうん……」
私はぼんやりと考える。
(広畑本人の意思は、いったいどこにあるのだろう?)
それは私か考えても仕方のない事ではあったけれど。

****

その年の10月、私達は再び八幡さんに呼ばれてあの会議室にいた。
とは言っても実際に行ったのは葺合で、予定よりも早く帰ってきた葺合は不機嫌そうにちゃぶ台の前に座って「水、」と私を呼んだ。
湯呑に入った水を一気に飲み干してからそれはそれは深い溜息を吐いた。
「……クソみたいな茶番に付き合わされた」
「茶番?」
「広畑は富士製鉄に入る事になった」
「えっ」
「だから途中で帰ってきた」
「怒られなかった?」
「此花は一緒に説得してくれって言ってたがめんどくさいから帰ってきた、昼飯は?」
「ごめん、まだ準備できてなくて」
「なら今からでいい、散歩してくるからその間に頼む」
そう言ってまたどこかへと出かけていく。
私は少しだけ悩ましい気分になりながら、お昼ご飯の魚を焼く準備を始めた。


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走る男と追う女2

1949年(昭和24年)7月、京都。
通産省の会議室に、神戸と此花と私の三人が八幡に向き合うように座っていた。
「今回の話の内容はいたって単純、広畑の件です」
当時日本最新鋭の機材が揃っていたがゆえに戦時賠償の対象となっていた広畑製鉄所が外されたのは去年の暮れのことだ。
釜石・室蘭は北日本製鐵(のちの富士製鉄)に、八幡は八幡製鉄に、と言うのはすでに確定しているなかで日鐵の製鉄所のうち広畑だけが宙ぶらりんになったことになる。
葺合と此花は目に見えて色めき立ち、神戸もまた広畑の獲得に動いていた。
「そうだと思ってましたわ、でなきゃわざわざ呼び出される理由が無いですもの」
「怒られるようなことはしたくないしね」
「まあ、そこはそうですけど」
「……川崎、住友、神戸。この三社での広畑の争奪戦については聞いてます」
八幡は呆れたように溜息を吐きながらも、そう言葉を継いだ。
「争奪戦なんてやな言い方だね」
「事実でしょう」
「これだから官営様はヤだねえ」
此花はぽつりとそう呟いてちらりと私の方を見た。
私は否定も肯定も出来ずに視線をそらした。
「これは通産省、ひいては国の考えですが、あなた方三人の合併を提案します」

「「「……は?」」」

三人の声が重なった。
「広畑を三人で面倒見ろって話ですよ」
「……そう来るとは思わなかったわ」
ぽつりと神戸さんが呟く。
此花も私も想定外の事態に顔を見合わせるばかりだ。
「上の意向ですから後は各々で考えといてください、あと葺合には『いくら独立するしないでごたついてるからって私の呼び出し無視して代理立てるようなことは今後控えるように』と」
八幡さんはそう言ってさっさと会議室を出て行くのを見送ってから、それぞれが深い溜息を吐いた。
それが上の意向なら仕方がない、と思いながら葺合がどう答えるのかが怖くて悩むのだった。

****

「……西宮、もう一度言ってくれ」
新聞をぐしゃりと握りつぶして葺合が言う。
「いやだから、八幡さんが『広畑を獲得するなら三社合同で』って」
呆れ切った視線で葺合は溜息を吐く。
新聞を綺麗に畳みなおす葺合に私は言葉をつづけた。
「でも、製鋼一貫製鉄所は西山さんの悲願でしょう?」
川崎造船の製鉄部門のトップであるその人は高炉のある製鉄所を作ることを長年の悲願とし、その悲願への執着を誰よりも理解して叶えたいと願っていたのは葺合だった。
そしてその願いを身近に見てきたのは他でもない私である。
「合同と合併はまったく違うものだ」
「つまり、それなら取りに行かないってこと?」
「それはオヤジの望みじゃないだろう」


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走る男と追う女1

1950年(昭和25年)8月7日
夏の盛りの暑い中で行われた株主総会が終わって、葺合と共に私は外へ煙草休憩を取りに出た。
「よう」
喫煙所で私を待ち構えていた住友金属製鋼所―通称此花―が煙草片手にひらりと手を振った。
日陰とはいえこんな真夏にここでずっと待っているとはずいぶん風変わりなものだ、と私は思った。
「住友金属は呼んでないぞ」
「違うさ、ただ単に独立のお祝いをね」
彼女は足元に置いていた鞄から小ぶりな花束を葺合に手渡してくる。
今日の株主総会で私達川崎造船製鉄部門は晴れて独立し、川崎製鉄となった。そのお祝いに彼女は花束を持って来たのだというのだ。
手渡された小ぶりな花束は夏らしく爽やかな青い花でまとめられたもので、少し暑さでしなびてはいるけれど水につければすぐに戻るだろう。
「そのために待ってたの?」
「律儀だろ?」
そうどや顔で私に笑いかけて来たので「馬鹿みたい」と返した。
でもこのお祝自体は決して悪い気分じゃない。
「あとこれは尼崎から新品の手ぬぐい、神戸からは簪だ。これで後は借りたものと6ペンス硬貨を用意出来たら良かったんだが、それはまあ他の奴に頼んでくれ」
手渡されたかのこ柄の手ぬぐいと赤い石のついた年代物の玉簪を次々に手渡され、私はどうしようと葺合に視線を送る。
「……此花、何の話だ」
「サムシング・フォーだよ、西洋の古い言い伝えで花嫁が幸せになるおまじないだ」
「はっ……?!」
声をひっくり返した私に「結婚するわけじゃないぞ?」と葺合が真顔で返してくる。
私は手渡されたものに戸惑いながらも此花は「いいんだよ、」と返した。
「独立も新しい門出だから、縁起のいいもん渡した方が良いと思ってな」
「なるほど、縁起担ぎか」
「葺合そんなあっさり納得していいの?!」
「ちなみに、サムシング・フォーはどう言うものなんだ?」

「……『なにかひとつ古いもの』」
そう言って玉簪を指さす
「『なにかひとつ新しいもの』」
次にかのこ柄の手ぬぐい。
「『なにかひとつ借りたもの、なにかひとつ青いもの』」
青い花束を指さしてから私の靴を指さした。
「『そして靴の中には6ペンス銀貨を』……ってやつだ。」

此花はそう告げると私の目を見た。
その瞬間、直感的に此花は私が葺合を好きでいる事を知っているのだと悟った。
だからわざわざこんなものを渡してきたのだ。
「じゃあ、私は行くよ。これ以上ここにいると葺合に広畑の件の文句言いそうなんでな」
「今更あの話を引っ張り出すな」
此花は吸い終えた煙草の火を消してからふらりとどっかへ去っていった。




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