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コーギーとお昼寝

市町村・鉄道・企業・スポーツチーム擬人化よみものサイト、オンラインブクマはご遠慮ください。

この世の息が

その日、いつもよりも鉾田駅は混雑していた。
「皮肉だね」
「・・・・・・うらはいいんやに」
「なんで」
「見捨てられたものは諦めて生きていかないと辛いから」
その言葉はいつの日かの僕を見ていたから言えた言葉なのだろうけれど、僕と違い彼に手を差し伸べた人はいない。
「そっか」
「でも鹿島臨海が出来たとき嬉かったんよ、やっと『参宮鉄道』になれるって」
鹿島参宮鉄道として誕生し、鹿島へ届くことなく彼は今日ここを去っていく。

この世の息が

彼は僕が生まれたときにはもう鉾田にいた。
霞ヶ浦北部を走る彼は自分が生まれるきっかけだった鹿島に憧れていたから、僕は歩いて30分かかるもう一つの鉾田駅へと散策しては鹿島神宮の話をした。
この接続の悪さも結果的には彼の首を絞めていたのだけれど僕としてはどうしようもない。
「他の人たちは見送りにくるの?」
「石岡で会おうって」
単線のレールの上をごとごとと気動車が走る。
さよならと書かれたヘッドマークを撮影するフラッシュの音が響く。
「それじゃあ、いつかね」
「・・・・うん」
寂しいことを言わないでくれと思うのだけれど、閉まったドアに阻害された。

*        *

石岡駅
「かしてつ」
「・・・・・・にいやん」
「このことは僕の力不足だったね、ごめん」
「ええんよ、うらは生きて欲しいと思う人がいたから生きてこれた。鹿島には届かなくても生きていられた」
ぐりぐりと頭を撫でられて、僕はいっそう淋しくなる。
どうしてこうも僕の周囲は消えていってばかりなのだろう。
「常磐さんは?」
「手紙預かってる」
一通の手紙を渡して僕はこれから空っぽになる石岡駅がひどくリアルに見えてしまった。





手をのべてあなたとあなたに触れたきに息が足りないこの世の息が (河野裕子)
                            






昨日の夜放送された「ローカル線の旅」を録画してみたらぶわわってなったので。
タイトルは上記の歌からそのまま貰いました、私的には捻りはいれられませんでした。
日立鉄道といい鹿島鉄道といい私が知る前に廃線になった路線に心惹かれてしょうがない・・・・・。

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あの日の記憶をカメラに刻む

小さく口ずさんだ歌は片思いの歌だった。
筑波鉄道があった頃の写真を鮮明化しながら、彼のいた時代の記憶に涙が零れそうだ。
―もう彼はいない
そのことを寂しくないというと嘘になる、だけれど僕は彼に恋をしていたとかそういう訳でもない。
きっと恋とか愛とかそんなおちゃらけたものでなく、僕は彼を体の一部のように思っていたんだろう。
彼が県内外から乗客を筑波山のふもとまで運び、バスでつつじヶ丘へ、頂上までは僕が連れて行く。
そんな分担が出来ないことがきっと何よりも悲しい。
だからせめて僕は彼の生きていた時代をカメラに刻み付ける。








恋とかそういう気持ち以上で筑波鉄道が好きだった筑波登山軌道のおはなし。
筑波鉄道は人に愛される天才だったと思っています。

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東武のひとたちと土浦

「土浦寒くねぇ?」
「普通ですよ、湖からの風でそう思うだけで」
「いやどう考えてもさみぃでしょこれは、やっぱり浅草に上着おいてくんじゃーなかったかいんさ」
土浦で雪が降りました日のこと。

東武の人たちと土浦

「日光さんは?」
「・・・・・ここにいるが文句あるか常総」
相変わらずのふてぶてしさと目つきの悪さ。
うん、俺の記憶にあるままの東武日光線さんだ。
「ああ、お久しぶりです」
「兄さんが寒いといってるんだからお前の上着を貸せばいいだろう」
「うちは貧乏なんで上着貸したら俺が風邪引くんですけど」
「常総が風邪引くほうが問題だからいーや、オレは日光に代わり頼めるけど常総はバスや龍ヶ崎に代わり頼めねぇし」
「兄さんは俺の上着使って、どうせ俺は寒さ慣れしてるし」
押し付けるように日光さんが伊勢崎さんに上着を押し付ける。
何年かぶりに会うが相変わらずこの人はブラコンである、もう慣れたけど。
「ありがとうな、お前のやつあったかいから助かる」
「兄さんは気にしなくていい」
突然携帯のベルが鳴った。
発信者は「東武東上」
・・・・・この名前を聞いただけで体温が5度ぐらい下がった気がするのは気のせいだと思いたい。
「もしもし」
『常総、そこに馬鹿本線殿はいるか』
「いますけど・・・・・」
『押上で事故起きたから戻って来いって、本線兄弟が電源切ってるからお前に電話したんだ』
「あ、はい」
電話を切って事情を説明したら「・・・・・兄さんの邪魔しやがって」とつぶやいて帰っていった。
そして俺はふと意識が飛んでいた。







「じょうそー、大丈夫?」
「あー・・・・いちおう大丈夫です」
俺の背中を支えるように京成さんが俺を支えてくれていた。
背中がしっとり濡れているから雪の上に倒れたらしい。
ここが車の通るような場所じゃなくて歩道でよかったけど、頭を打った形跡は無い。
「登山軌道からバスに渡してくれって言われた書類渡した帰りにここ通ったら倒れてるんだもん、びっくりしたにゃー。」
「すいません、ちょっと・・・・」
「おうちまで送ってく」
「へ?」
「どうせ今日は休みだし、雪なんて久しぶりだから」
「じゃあ、お願いします」
ぼんやりと俺はいろんな人に愛されているのだと、思う。





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ここは彼の夢の果て

ブレーキのついたピストでまっすぐな道を漕いでいく。
向かいからふきつける冷たい風が僕の古い記憶を目覚めさせていく。
まるで僕が彼のいる死に突き進むみたいだ。
突然携帯が大きな音を鳴らす。
『もしもし、高尾線だけど』
「・・・・・またうちに来たんですね」
『うん、よかったら一緒に食事しない?飲みでもいいけど』
「いいですけど、今ちょっと遠くに行ってるんで1時間ほど待ってもらええないと無理ですよ?」
『遠くって?』
「筑波りんりんロード・・・・って言っても分からないでしょうけど」
『具体的には?』
周囲を見渡すと二つ頭の筑波山、反対側には雨引山も見える。
雨引山の先には雨雲が見えるから引き返すのは得策だろう。
「筑波山の北のほうです」
そういえば彼は雨が嫌いだった。
雨で濡れた風情ある真壁の町は好きなくせに、雨が降ると山が見えなくなるから嫌いだといっていた。
そのたびに筑波駅で山のことを僕やバスから聞きたがった。
どれぐらい山に人が来てるのか、紅葉や桜が雨で散ってしまわないか、周辺の田畑の様子。
(彼の生きていた時間を覚えていることが僕にとっての供養なんだろうか)
『名に考え込んでるの』
「ああ、ちょっと昔のことを」
『じゃあ筑波の昔話あとで教えて、つつじヶ丘で待ってるから』
電話を切ると自転車で引き返す。
僕のいるべき場所はこの道の先や過去あるような死ではなく、筑波山や今という生だから。









実は最初に書いたやつをうっかり吹っ飛ばしたのは内緒です。
筑波鉄道と筑波登山軌道と高尾線。

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業平橋駅は3月から東京スカイツリー駅になります。

*各方面で話題のあのネタをやりたくて。


「スカイツリー開業に合わして押上駅を押上(スカイツリー前)駅にして、業平橋を東京スカイツリー駅にして、ついでにおれの東武動物公園から浅草までを東京スカイツリーラインにしちゃうよ!
あとスペーシアにカウントダウンヘッドマークも出しちゃうよ!」
「・・・・・・東武さんやりすぎじゃないんですか」
「ふふふ・・・・・ついでに駅ナンバリング導入してTS表記になるんだよ!どうせ今まで東上もTJだったぃし!」
「伊勢崎もアホの子だにゃー、どうせ俺やメトロも巻き込まれるのにねっ☆半蔵門に告げ口しちゃうぞ?」
「 だからさぁーそれはおれに死ねって言ってることじゃーねぇのか、都営の巻き添えで爆発しろ」
「しないにゃー?むしろスカイツリーと一緒に背骨が折れちゃえばいいにゃー」
「前から思ってたけどお前のその語尾すげー腹立つから直せよ」
「伊勢崎ちゃんよ、男の嫉妬は見苦しいぞっ☆」
「・・・・・・西武さん呼びましょうか」

「「ふざけんな」」


               おわれ






スカイツリーラインはあれですよね。なんともいえない気持ちにさせられますよね。お前の社運かかってるのかと。
ついでにうちの東武さんは伊勢崎線なんだよっていう設定もついでに出しておきました。

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