飛行機まで少し余裕があったので東京駅の大丸でぼんやりしていたら、釜石が何か悩んだように立っていた。
「どうしたんです?」
「八幡か。というかお前これから渡米するんじゃ?」
「まだ飛行機まで時間があるんで少しぶらぶらしてたんですよ。で、どうしたんです?」
「明日シーウェイブスのクラブハウス内覧会でな。そういや新築祝い用意してなかったなって」
釜石の前にあったのは大丸の地図で、こんなに並ぶお店の中で可愛いせがれに何が良いかと悩む釜石は実に愛情深いことだ。
貧乏暮らしの染み込んだシーウェイブスなら金券を渡せば喜んでくれそうな気がするが、釜石はそれじゃ味気ないと思っているのかしっかり考えるつもりらしい。
「適当に中ぶらぶらしながら決めればいいじゃないですか」
「それもそうか。一番上から下に降りつつうろうろして探すか」
そう言ってさっそくエレベーターに乗り込む釜石のあとについて行き、ふらふらと大丸の中を歩き回る。
高級食品に家具家電に衣服と多種多様なものの中で、あれでもないとこれでもないと呟きながら店の中を歩く釜石には母のような慈愛が見え隠れする。
ときどき私が嘴を挟むと「高すぎると関係者まで恐縮するからやめとこう」「趣味じゃない」と却下される。
(まあ楽しいからいいですけどね)
糟糠の妻に怒られるダメ亭主の気分だ。むろん糟糠の妻は釜石である。
うろうろ歩いていると、釜石がある商品に引き寄せられていく。
「そういや保冷保温機能付きのタンブラー見るといつも買うか悩んでたな」
「でも買わなかったんでしょう?」
「たぶん買い物の優先順位が低かったんだろうな。あれば便利だけど必需品ではないぐらいの位置づけのものって金に余裕がないと買わなかろ?」
釜石の選んだタンブラーはあまり高くないし、贈り物用に包んでもらっても三千円は行かないだろう。
「まあそういうのはありますよね。じゃあそれにします?」
「んー、でもあいつの家確かコップ系もほとんど無いんだよな。みっともないから買い足せばいいのに……」
保冷保温機能付きのコップとタンブラーのどっちが良いかと真剣に悩む釜石の顔には愛があふれている。
(私がいないとこで私のためにもこういう顔してくれるといいんですけどね?)
まあ私のいないところでの様子など私は見られないのだが。
「じゃあそのタンブラーの代金は私が出しますよ」
「は?」
「シーウェイブスはうちの会社がメインスポンサーですし、広い意味では私の子とも言えますからね。三千円ぐらいなら知り合いのお祝いにちょうどいいでしょう?」
千円札を三枚手渡すと釜石が少し悩んでから「じゃあ、タンブラーはお前からシーウェイブスに渡す分の代金って事にしておく」と答えた。
そう言って釜石が三千円を受け取ると、釜石自身がシーウェイブスに渡す分として保温機能付きのコップを二つ選んだ。
「赤と青ですか」
「どっちもあいつのチームカラーだしな」
かつては赤、今は青を纏うシーウェイブスに合わせてその色を選んだのだろう。
でもラグビーで赤というと同じく7連覇を果たした神戸のところのせがれを思い出してしまう。
(まあでも選んだのは釜石ですしね、深い意味はないでしょう)
小さな釜石が背を向けてレジに向かうのを見送りながら、ぼちぼち空港行かなきゃなあと思い出すのだった。
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八幡と釜石、あとシーウェイブス。
ちょっとふたりをイチャイチャさせたかった。