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コーギーとお昼寝

市町村・鉄道・企業・スポーツチーム擬人化よみものサイト、オンラインブクマはご遠慮ください。

桜雨の降る夜に

夜風に桜の花びらがひらりと舞うのが見えた。
己の名そのものである植物は春を鮮やかに彩るが、すぐに散っていくそのさまはなんとも寂しいものである。
「やあ、桜島のねーさん」
「……此花」
同じ町に住み同じ植物の名を冠した彼女はコンビニの袋を手にひらりと手を振った。
がさがさと袋を揺らしながら隣に近寄った彼女は「夜桜見物?」と聞いてきた。
「まあ、そんなところだ」
「ふうん」
「此花は」
「私はただ酒と食料の買い出しがてら散歩にね」
「そうか」
特に話すこともなくただ隣に立って道を往く。
工業地帯にほど近い住宅地の中の公園は喧騒から遠く、夜の風のみが静かに吹き渡る。
お互い何かを問う事はしなかった。
きっと問うてしまえば同じ男への恨み言が口をついてしまう気がして、それはこの美しい宵に聞かせるにはあまりに薄汚いものであるからだった。
「タフでなければ生きて行けない。優しくなれなければ生きている資格がない……だっけ」
「フィリップ・マーロウか」
「それだ。タフで優しくなくてはいけないって、しんどいと思わない?」
彼女のその言葉は遠回しな弱音だった。
兄弟たちの前ではそうあろうとする女のささやかな同意を求めるその言葉に、私は小さく頷いた。
「そうか」
それは良かったというように微かに表情を緩める。
「私もどれだけ素晴らしい存在であろうととしても御仏の前では弱い存在にすぎない、それでもいいと言ってくれるのが仏だと私は思っている」
弱くもろいものであろうとも、この命が絶えるその日まで生きて行かねばならぬ。
それは何度春を迎えて花を咲かせようとも夜風に吹かれてその命を散らす桜のように。




桜島と此花。虚しさも苦しさも全部胸の内に飲み込んで生きるという事。

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改元、ときどき新年度

*新年号出たねって言う小ネタです


*八幡さんと千葉くんと神戸さん
「新年号、令和ですか……」
八幡さんがテレビを見ながらつぶやいた。
新年号と新年度に向けた会議の手を止めて新年号を確認すると、隣にいた神戸さんが「大変そうねえ」と呟いた。
「新社名に新年号、あとこの会議が終わったら山陽特殊鋼に挨拶してオバコにも連絡入れて……あと何がありましたっけね……」
「ここまで被ると大変でしょ?」
「ホントですよ」
神戸さんはからかい交じりにそう言うけれど、むしろ俺は前の改元の時よりお祭り騒ぎなこの感じが結構楽しく思える。
「俺は結構楽しみですよ、新しい時代」
「若い子はいいですよね呑気で、とりあえず会議の続きやりますよ」
テレビの電源を落とした八幡さんは再び僕らの方を向いて会議を始めるのだった。

・呉さんと周南ちゃん
社名変更に伴うバタバタは変更当日になっても中々収まらず、小さくため息を漏らすと周南が「お疲れ様」と言いながらビニール袋を持ってきた。
「残り物のごはんでおにぎり作って来たよ」
「助かります」
ボトルのお茶とおにぎりを受け取ると「書類仕事やるより現場仕事の方が落ち着くよねえ」と周南が言うので、小さく頷いた。
おにぎりの中身は昨晩の残りのから揚げと七味マヨネーズというがっつり目の仕様だ。
「ああそうだ、新年号確認しといたよ。令和だって。それで桜島と次屋が役場向けの方のシステム改修に入ったから」
「桜島さんにもバタバタして貰ってしまいましたね、お礼言っといてください」
「分かった、落ち着いたら海でも行こうね」
「……はい」
僕らのブルーオーシャンを巡る旅は新年号の知らせと共に終わってしまったけれど、それでも日々は続いていく。
周南のいる日々も続いていく。
二個目のおにぎりを取りながらパソコンに向かい合った。

・加古川ちゃんと西宮さん
「こんなに賑やかな改元は初めてね」
西宮さんが苦笑いをしながら改元を知らせる大画面に目を向けていた。
近くの人からも新元号の話が飛び交い、三宮の街は新年号の話で持ちきりだ。
「そうですね、私改元は二度目ですけど」
「昭和のときも平成のときも似たようなものだったわよ」
「そうなんですね」
「なんかまた正月が来たみたい」
西宮さんのその評価は確かにしっくりくる。
「でも帰ったらまた改元絡みの仕事が積もってるんでしょうね」
「正月だってそうでしょ?」
新時代に向けて用事が終わったら、また仕事と言う日常に戻るのだ。

・広畑さんと釜石
「……た、広畑!」
声を張り上げた名古屋に起こされて起き上がると周囲がバタバタと走り回っているのに気づく。
ここが丸の内の本社であることに気付き、そう言えば一昨日から新社名や改元なんやでずっと丸の内にいたことを思い出した。
「釜石?」
「新元号出たぞ。令和だ、命令の令に平和の和。それで役場向けのプログラム改修始めるぞ」
むくりと起き上がるとパソコンスリープになっていたので再び立ち上げ直す。
何度目かの改元だけれど今回もやっぱりバタバタした改元ですっかり嫌になる。1年前に公表してくれればこんなに仕事しなくて済んだのに。
「お前さんもほんとは見たかったんじゃないのか、保育園」
釜石の言う保育園は今日から新しく出来る社内保育所のことだろう。
「高炉持ちが現場離れられないからしょうがないし……」
「そうだなぁ」
春うららかな空がふと視界に入るけれど、空模様とは逆に多忙な仕事に小さくため息を吐いた。

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春待つ日々に

日に日に暖かくなる日差しに春の近づきを感じながら、鞄に押し込めた書類を渡す相手を探しに行くと「今日はまだ来てないみたいです」と職員に告げられた。
「あの戸畑が?」
「今日は正午で上がられましたから寮にいるかもしれません」
なら寮に行って渡しておくかと足を向ける。
会社の寮で一階の日当たりのいい角部屋はたいてい俺のような付喪神の類に当てられることが多いが、戸畑のところもそれは同じらしく部屋はすぐに見つけられた。
「戸畑ぁ、」
ピンポンを鳴らしながらその名を呼べども反応はない。
鍵は閉まっているし、ポストは寮の住人共同で使っているからうっかり見られるのも少々困る。
仕方がないと寮のベランダの方に回り込むと戸畑の部屋の窓は空いていた。
いちおう人に見られていないことを確認してひょいとベランダを乗り越えると、戸畑は座布団を枕にすやすやと昼寝をしていた。
仕事終わりで疲れていて、日当たりと初春の風につい眠ってしまったという事か。
(……邪魔しない方がええな)
靴を脱いで戸畑の部屋に上がり込むと預かっていた書類とそれについてのメモ書きを置いておく。
よく眠る戸畑に近づいて薄い毛布を掛けてやれば、うちで預かっていた頃の和歌山を思い出させるような安らかで無邪気な寝顔をしている。
悪い子どもじゃあないのだ、せいぜい安らかに寝させてやろうじゃないか。
そうしてそっと戸畑の部屋を抜け出すと春の風と日差しが心地よい。
もうこのまま仕事を上がって一眠りしてしまおうか、という気分だ。





戸畑と小倉。この二人の関係性って何なんだろう、と考えてたらこうなった。

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笹と鯛

「さっむ……」
仕事を午前中だけ休ませてもらって足を延ばした今宮戎神社は右を見ても左を見ても人でごった返している。
毎年正月明けの9日午前中は仕事を休んでこの今宮戎神社の十日戎に足を延ばしているが、みんな商売繁盛を願いに来てるのだと思うと大阪が商人の街だという事を実感する。
威勢のいい掛け声とともに福笹を配るおじちゃんから笹を1本貰い、人ごみを書き分けて福娘の元へ足を運ぶ。
若くて美しい福娘に貰った笹を渡せば、小判や烏帽子・米俵を模した吉兆と呼ばれる飾りが付けられる。
これでミッションコンプリート、あとはこの福笹を持ち帰るのみで少々予定より早いがゆっくり散策してから帰っても午後からまじめに仕事をするので罰は当たるまい。
ふと周囲の人の流れが変わったのに気づいて目をやれば、仰々しく運ばれていく鯛が見えた。献鯛行事が始まっていたらしい。
私が小さかったころはもっと豪華な行事だった記憶があるが、ずいぶん質素になってしまったものだと思う。
しかし、青竹の担架に乗せられた雌雄の鯛を見ていたら無性に鯛が食いたくなってきた。

(本物の鯛……は調理が面倒だし鯛焼きでも食うかなあ)

福笹片手にあんこのぎっしり詰まった鯛焼きを食べて、あとは元気に仕事に戻る。うん、悪くない気がする。
献鯛行事を眺めながらそんなことを考えるのは罰当たりじゃないと良いのだが。



此花ネキと十日戎

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年越しそばとふたりのこと

今年は特別ですから、という職員の気遣いで仕事を早めに切り上げて家に戻ると「お帰り」と周南が笑顔で出迎えてくれた。
「ただいま」
周南が仕事納めの後にうちへきてくれるのは毎年恒例だが、今年は平成最後の年越しであり日新製鋼と言う名で過ごす最後の年越しである。
だからかほんの少しいつもと気分が違うように思えた。
「お風呂沸かしてあるから温まっておいで、その間に年越しそば仕上げとくから」
年の瀬の多忙さで出来なくなりがちな家のことを代わりにこなしてくれる周南に心からの「助かります」を告げると「いいんだよ」と返してくる。
(……周南には助けられてばかりだな)
ちゃんと大切にしてあげたいといつも思うけれど、助けられてばかりでこういう時は自分の至らなさを思い知る。
風呂で体を清めて茶の間に戻るとそこには大きなかき揚げの乗ったそばがどんと鎮座していた。
「周南、今年もありがとう」
「どういたしまして。そば早く食べよう」
いただきますと年越しそばに手を合わせながら、今年も二人でいられた幸福を祝うのだ。



年の瀬の呉周南

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