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コーギーとお昼寝

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分かり合えない彼らの話

今朝はかつて父と呼んだ人の夢を見た。
いつかそうなるのだろうと分かりながらもその手を離された時の寂しさを再現するかのようなセピア色の夢だった。
「……戸畑、あなたずいぶん遅かったですね」
目を覚ますと八幡さんは壁に寄りかかってコーヒーなんか飲んでいた。
「なんでいるんですか」
ここは私の部屋だ、八幡さんがいるはずがない。
「少しばかり所用があったんですよ、これから東京に出るのでその間に任せたい仕事があるので」
「土曜の朝から出るのはついでにどこぞへ行かれるおつもりですか」
「ついでに名古屋と君津の様子でも見ておこうと思いましてね、これも私の仕事でしょう?」
この人はいつだってそうだ。美しいが勝手である。そして何よりも自分が偉いと思っている。まあ実際偉いのだが。それを私達は慣例のように許している。
「分かりました、だとしても勝手に人の家に入るのは大変いただけないと思うんですが」
「直接渡しておきたかったんですよ、火曜日の夜には帰りますから」
ファイルに詰め込まれた書類をばさりと置いておくと「それじゃあ、」と言って去って行く。
それが今朝の話である。
「勝手な話っちゃ」
その話を聞いた小倉さんは実に忌々しそうにそう呟いた。
「そげなことどげんして怒らん!」
「あの人の性格は昔からですからね」
「俺はあいつのああいうところがいっちゃん好かん」
今朝がた八幡さんに渡された書類を仕分けながら私の代わりに随分と率直に怒ってくれている。
怒りつつも仕事をこなしてくれるところは小倉という存在の大変好ましいところであった。
「……私らは、いつだって人の勝手に振り回されて生きんとならんでしょう?」
それは彼にも覚えがあるようだった。
きっとこうして人の体と心を得て生まれれば一度は味わうことであった。
「あん人はそれを知ゃあせん、それがうらやましいような憎たらしいような心地ばする。……小倉さんもあん人ばくらせん(殴れない)でしょう」
そう聞けばちらりと彼は視線をそらした。
それはきっと生まれ落ちた瞬間から国家と共に在ったからこそ全ての勝手が許されてきたし、これからもそうなのだろう。
耐えているというよりも諦めているという言葉が似合う。
「あん人が官営として生まれた限り、分かち合えんと思うんです」


*蛇足*
「……お前もう少し戸畑を大切にしてやれよ」
八幡の日々の様子を聞きながら漏れたのはそんな一言だった。
「それが戸畑の仕事なんですから当然でしょう」
「そうじゃなくてだな……」
「本部が戸畑にあるとしてもあの子は私の名の下に仕事をしてるんですから」
「本人が望んでるかどうかぐらい聞いてやれって話だ」


戸畑と八幡と小倉。

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サマードレス

「さく姉本当にこれくれるの?!」
「……周南が好きそうだと思って買ったものだから」
桜島―僕の一番上の姉に当たる人―が、大阪で買って来たというパステルブルーのサマードレスに歓声を上げるとほんのわずかに口角を下げて満足だとほほ笑んだ。
久し振りにこちらまで遊びに来てくれただけで十分なのに、その上お土産まで持ってきてくれるなんて本当にありがたい限りだ。
「今度デートするときに着よ「でも買ってあげた私へのお礼にはならない」
間髪を入れずに告げられた言葉の意図は、今ここで着て見せろということ。
このドレスを今ここ出来ることがお土産を買って来たお礼になるということだ。
「……着替えてくるね」
「ん」
洗面所に移って先ほどまで着ていたロングTシャツとジーンズを脱いで、サマードレスに着替える。
そろそろムダ毛も全部剃らなきゃなあなんて考えるけど今日はめんどくさいからいいや。
薄化粧を落として同系色の青を基調にしたメイクに変えれば準備完了だ。
(ついでに写真も呉に送っておこう)
自撮りを加工無しで送れば後で返事が来るはずだ。
「出来たよー」
リビングの戸を開けて見れば、姉の表情の満足度がさらに上がる。
「今日も可愛く出来たでしょ」
「120点満点」




桜島と周南習作。

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君津老師と焼き小籠包

「您好、君津老師」
すらりとした体つきの育ちの良いオリエンタルな面立ちをした中山服の青年の来訪に思わず目を丸くした。
「……宝山?なんでいきなり」
「仕事で少し東京に来る用事があったんですよ、お邪魔して構いませんか」
宝山製鉄所はその設立から現在に至るまで君津製鉄所が深く関わった施設であり、俺にとってはまだ弟子とも呼べる存在である(ウジミナスも弟子ということにはなってるけど一応向こうの方が年上なので色々複雑なのだ)
「俺は良いけどあんまり綺麗じゃないぞ?」
昨晩遊びに来ていた千葉と鹿島に荒らされた部屋は2人をこき使ってあらかた片づけはしたものの、まだ完全に綺麗になった訳じゃない。
「大丈夫です、突然来たのは僕の方ですから」
「なら良いけど……その手にある袋は?」
その手に一緒にぶら下がっていた冷蔵用の袋を指さすと「生煎饅頭(焼き小籠包)です」と返ってくる。
「生煎饅頭か、上海にいた頃何度か食ったなあ」
「最近は日本でも手に入ると聞きましたが生煎饅頭は上海のが一番ですよ、東京のは所詮ニセものです」
「日本で食える奴もあれはあれで美味いんだけどな」
「台所お借りしても?せっかくなので焼きたてをご用意しようと思って準備して持って来たんです」
「自由に使ってくれていいぞ」
宝山がさっそくフライパンを借りて小籠包を焼き始める。
出会った時はまだぶかぶかの宝山服を纏った小さな子どもの姿をしていたが、いまや中国屈指の鉄鋼企業として日本の製鉄業に立ちはだかる壁になってしまったことを喜びたいような嘆きたいような複雑な心持ちになる。
しかしこうして俺の前にいるときは昔とさして変わらないままで、ニコニコと小籠包を焼き龍井茶を淹れてくるので可愛いものだと思ってしまう。
「前にプレゼントした中国茶道具使ってくれてるんですねえ」
「たまーにだけどな」
「ちゃんと大切に使われてる色をしてるから分かりますよ」
上海で宝山の面倒を見ていた時に覚えた中国茶は時折千葉や鹿島に乞われて淹れる程度だが、手入れとして個人的に淹れることもあった(道具は使うことが最善の手入れだと言うのは釜石の弁だ)のが道具そのものに出ていたのか。
「あ、生煎饅頭もそろそろかな」
そう言ってさっそく皿に盛って茶と共に目の前に並べられる。
「……なんというか、完全に俺が客人扱いだな」
「敬愛する君津老師とお茶をしたかったので」
「そうか」
なら仕事の方で俺たちに優しくしてくれと言いたくもなったがたぶん無理だろう。
「让我们吃吧(いただきます)」
「请吃很多(どうぞたくさん食べてください)」
焼き小籠包をレンゲに乗せて割ると美味しそうな匂いと共に透明なスープがじわりと広がってきて、あの頃のしんどい思い出がよみがえる。
「あの時はお前の上司に振り回されてひどい目に遭ったな」
「そういう時代でしたからね。さあ、冷める前に食べましょう」




君津と宝山。

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山頂の孤独

「そういやなんでお前代表権の譲渡まだしてないの?」
レールにまつわる打ち合わせを終えて帰りの新幹線まで暇つぶしにと称して立ち寄った開店直後の角打ちで、ふいに此花がそんなことを聞いてきた。
「何でって……だいたい新日鉄という会社の顔を誰に譲るんですか」
「君津か戸畑あたりにもう譲って隠居してもいい頃合いだろ」
「隠居って、あなた未だ仕事してるでしょう」
「ものの例えだよ」
「そうですか」
「で、なんで譲らないんだよ」
此花はよほどこの話に興味があるらしく、にやりと笑いながらハイボールを飲んでいる。
もうここまでくると答えるのも面倒だ。帰りたい。
「……特に理由はありませんよ」
それは率直な言葉だった。
言われてみれば確かに今の八幡製鉄所八幡地区は製鉄所としての機能のほとんどを戸畑に集約したため製鉄所としての機能は薄れており、私もまた近年は上や国の使い走りの方が仕事として多かった。
ならば君津や戸畑あたりに顔役を譲ってもいいのだがそれを考えたことは一度もない。
「ないのかよ」
「しいて言うなら、私以外に新日鉄の顔役が出来ると思えないって思ってるからですかね」
「まあ、確かに官営様の跡継ぎの名前は一人で背負うにゃ重すぎるけどなあ」
「重すぎるって?」
「素直な感想」
いつか、私がその存在を保てずに消えた時誰がその名前を背負って舞台に立つのだろう。
「……私と釜石が消えた時、会社も消えるんですかね」
「まさか」



八幡と此花

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あの日彼女は希望だった話

「小倉さん、お客さんが喫煙所に来てますよ」
「……喫煙所?」
「小倉さんに会いに来たって言うんですけど、小倉さんなら戸畑の本部事務所にいるって言ったら煙草吸って待ってるから来たら伝えるようにとって言って喫煙所行っちゃったんです」
顔馴染みの職員の様子からして、大方あいつだろうと予想がつく。
やれやれという面持ちで溜息を一つ漏らして「喫煙所行ってくるけん、後は頼んだ」と注げて喫煙所に向かう。
灰皿とベンチだけの喫煙所で新聞片手に座り込んでいたのは予想通りの相手だった。
「よう、久しぶり」
「……やっぱ此花か」
「やっぱって何さ」
「喫煙所で俺を待つ奴なんてお前しか知らん」
「あー、和歌山はいまは吸わないし八幡は煙草呑みだけど人を待つときに煙草は飲まないもんなあ……消去法的にあたしか」
納得したように此花が頷く。
せっかくなので俺の方も一服しようかと煙草に火を灯した。
「……お前さ、八幡や戸畑と一緒にされた事まだ恨んでるか」
「今更な話っちゃ」
「そうだけどお前をうちに迎え入れるとき言った事裏切っちまったなあって」
「『お前に世界を取らせてやる』……か」
「世界どころか日本一も取れなかったしなあ」
住友金属が新日本製鉄と合併した時、住金は国内3番手だった。
他にもあの合併では色々あったので此花なりに思うところがあるのだろうという事は常々感じていた。
「……和歌山がシームレスパイプの技術力で世界に認められとる、それで一応世界を取るって話は果たしたと思っとった」
「お前さんがそう思ってくれてるなら良かった」
此花は本気で世界を取りたかったのか、と今更ながら思い知らされる。
『八幡製鉄もUSスチールも、全部なぎ倒して世界を取る』
そう大ぼらを吹いた此花の手を取ったのは俺自身の意志だった。
浅野の旦那も安田さんもいないが、此花が俺を必要とした。ならばこの女と生きてやろうと、心から思って手を取った。




(やっぱり、あの日この女の手を取った俺は何ひとつ間違いじゃなかったな)


此花と小倉

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