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コーギーとお昼寝

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もしもは幾らも言えるだろう

「ああ、今日はあの玉音放送の日でしたか」
八幡さんはポツリとカレンダーを見て呟いた。
いつもこの人は終戦記念日を『あの玉音放送の日』と呼ぶ。
終戦・敗戦と呼ばないのはこのひとの持つささやかな抵抗であることを、私は知っている。
「そうですよ、この頃はバタついててすっかり忘れていましたが」
「仕事による多忙はいいですけど病気だ不景気だのによる多忙はろくなもんじゃないですね」
冷たい麦茶を飲みながら酷暑で火照る体を冷まし、壁に架けられたカレンダーを見ながら私たちはしばし黙した。
私たちはあの焼け跡になったこの町の景色をを覚えている、そしてそこから立ち直った人々のこともはっきり覚えている。
今はもう記憶する者も少なくなった日々の記憶は薄まる事なく残されている。
「もしも、もしもですよ?もう少し耐え忍ぶ事が出来たのなら私たちは屈辱もなく生き延びられたと思いませんか」
「……それ、いつもおっしゃいますよね」
「そうでなければ私のあの努力の日々どころか、釜石や室蘭の負った傷までも無意味だった事になるじゃありませんか」
現代的倫理観に照らせばアウトな発言だが、どうせ私以外に聞く者のない言葉だ。私の胸の内にしまい込めばいい。
「でも、もうあれから70年以上過ぎたんですよ」
「許せと?」
「もう時効です、あの日々に関わった人はほとんど死んだんです」
私たちにとっての70年と人間にとっての70年には雲泥の差がある。
その事実から逃げるように八幡さんは恨み言を吐く。当事者を密かに呪う。
私は八幡さんの怒りと呪いを永遠に鎮める事が出来ないと分かっているので、ただその言葉を受け止めるのみなのだ。



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戸畑と八幡の終戦記念日。

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おかねがない

このところ八幡さんがずっと地元にいる。
出張という出張が昨今の流行り病によりすべて中止となり、いつもなら東京と北九州を往復してるひとがずっといるのだ。
「あー……」
ゾンビのようなため息を漏らし鬱々とした様子の八幡さんに小倉さんが『どうすんだあれ』という顔で私を見た。
再び八幡さんの様子を見るが、八幡さんは鬱々とした雰囲気を隠さないのであれは相当やられている。
私はどうにもならないですねと首を振った。
「戸畑、お茶ください」
「あ、はい」
小倉さんと一緒に給湯室に行き、冷蔵庫に入れておいた水出し緑茶をグラスになみなみと注ぐ。
私が水出しのお茶を渡すと小倉さんは京浜さんから頂いたというありあけハーバーの箱を開けてくれた。
「あんなのがずっといたら職場の士気に関わるんじゃないか」
「重症ですしね」
いつもはいない人がいるという事に対する違和感はもう慣れた。
しかし問題はずっと釜石さんに会えていないという事に対する鬱屈がすごすぎて、周りが引きずり込まれそうになるのだ。
「簀巻きにして玄界灘にぶち込みたい」
そうぼやきながら水出し緑茶をもう一杯飲もうと冷蔵庫を開ける小倉さんに「とりあえずむこう戻りますね」と告げて給湯室を出た。
「戸畑、」「はい」
水出しの緑茶を差し出すとパソコンの画面には本社から送られた四半期決算や今期営業利益の見通しに関する書類だった。
流行り病のあおりを受けて大幅に収益が落ちた決算俵はどこもかしこも真赤だ。

「……そっちだったんですね」

「戸畑、今のどういう意味ですか」
「いえ」
どうも北九州にいる時は頻繁に釜石さんの話をするせいで忘れかけていたが、この人もちゃんと仕事はするのである。


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戸畑と八幡と小倉。
苦境の鉄鋼業、マジがんばれ……

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うなぎよりもうしのにく

本日、土用丑の日。
世間はうなぎだうなぎだと騒ぐ中、俺の姉は一人ステーキをむさぼっていた。
「牛の肉だね」
「うのつくものだし問題はないだろ、それにうなぎの旬は冬だぞ」
自粛の風潮も少しは落ち着いたからと久しぶりに一緒に食事しようという話になったのはいいけど、どうせなら普段食べないうなぎが良かった。
「ザブトンがいい色になってきたな、お前も食え」
いい色に焼けた希少部位の肉を差し出してくるので俺は大人しくそれを塩で食う。
上質な肉の脂がじわりと舌に広がって溶けていく。しみじみと美味い。
「美味い……」
「だろ?あ、すいませんビールの大瓶追加で!」
肉とビールと時々美味いナムル。幸せだし精はつく。
ああ、でもやっぱり少しうなぎが恋しい。
「尼崎」
「うん?」
「土用丑の日って言うとどうしても夏のイメージだけど、土用は年に四回ある。そして最近、寒の土用の丑の日にうなぎを食うってのがある……あとは分かるな?」
「冬にうなぎ驕ってくれるの?」
「お前が仕事頑張ればな」
冷たいビールが俺のジョッキに注がれる。
「夏の土用が終われば立夏、夏も盛りになる。ビールと肉で乗り切んぞ」
実にいい笑顔でほくそ笑む俺の姉は実にイケメンだった。



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尼崎と此花ネキ。

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悪夢のあとを生きている

地響きのような着弾音、燃える街で人々を防空壕に押し込んでいく。
とにかく、一人でも生き延びさせる。この街の未来の守るために。
その焦燥感だけが傷ついてぼろぼろの身体を突き動かす。
火傷のひりひりとした痛み、骨が折れたような痛み、生ぬるい血が垂れる横っ腹。動くべきじゃないと分かってても体は焦燥感で動いている。
燃え盛る街を彷徨う子どもと目が合った時、頭上からグラマンの音が耳を突いた。
その子供を腕に抱えて、抱えて……

目が開いた。きょろきょろと視線を回せば何度も暮らしている家だった。
重い身体を動かすとデジタルの目覚まし時計は2020.7.14という日付を示していて、あれが夢だったと分かった。
悪夢を見ることは何度もあったけれど慣れることは一度だってない。
その証拠に寝間着が汗で湿っている、手足も頭もひどい寝汗でじっとりとして不愉快だ。
帯を解いて肌着も脱ぎ捨ててお湯で湿らせた濡れタオルで腕をぬぐうと、少しは寝汗もマシになる。
誰かの声を聴いて甘えたいような、けれど最年長として甘えてしまうべきではないような、複雑な思いを逡巡させながらゆっくりと全身を濡れタオルで拭っていく。
身体にいくつか残る古傷は皮膚が薄いせいで青ざめたようになっていて、温かい濡れタオルでようやく血の気を取り戻した。
全身をぬぐい終えると新しい下着と着物に着替え、ついでに薄い長羽織も着ることにした。
汗だらけの寝間着と下着、枕カバーは洗濯した。もっとも、今日洗ったところで梅雨だから夜までには乾かないだろう。
案ずるように猫の姿をしたサッカー部が近寄ってくる。
虎舞の虎によく似た黄色と黒の毛並みは自分のところの部活たちに共通の姿であるけれど、人型を取れないまま自分のところにいるのはいまやこの子だけだ。
「……長く生きると、いいことも増えるがそれ以上に嫌なことが増えてく気がするなあ」
よしよしと撫ぜれば励まし方が分からないのか全身を自分に委ねてきた。
その毛並みを撫でながら今日という日を、想う。



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釜石おじじと悪夢の向き合い方。
釜石艦砲射撃の日に寄せて。

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そして梅雨の日々

在宅勤務にもすっかり慣れ、むしろ必要以上に外出ずに済むからいいかもなあなんて思う今日この頃。
テレワークにと買った高い椅子でうたた寝をしている俺を叩き起こしたのは、窓の外からの強い雨の降る音だった。
「……今何時だっけ?」
スリープモードになっていたパソコンを起こすと午後6時前。
ちょっと長めの昼寝のお陰か、頭はすっきりしているけれど小腹が空いた感じがする。
冷蔵庫からよく冷えた麦茶と、ネットで購入したおせんべい詰め合わせセットから適当に一袋。
にしても、ネット通販の段ボールもいい加減捨てに行くべきだと分かっててもつい後回しにしてしまうのはなんでなんだろう?
雨のせいかひどくじめじめした空気が張り付く感じがする。
クーラーをつけて麦茶とせんべいを相棒に仕事用のメールフォルダを確認すれば、昼寝前に送信していたらしい(ちょっと寝ぼけていたのか記憶があいまいだ)書類の返事が八幡から届いている。
『確認しましたが、誤字脱字がひどいので明朝までに再提出してください』
「書類仕事は寝ぼけてするものじゃないな……」
ため息を漏らしつつ送信したファイルを開いて修正することにする。
ほとんどが変換ミスや送り仮名程度の基本的な間違いだけど、後半部分は相当寝ぼけてたのか数が多い。そりゃあ再提出と言いたくなる。
逆に寝ぼけてても完成させて送信した俺もある意味すごいと思う。
30分かけて見つかったミスはおおむね直し、ほかにも見逃したミスが無いかだけ確認して八幡に送信する。
これで今日の仕事は終わりと言っていいだろう。

「……にしても、これいつまで続くのかなあ」

在宅勤務も慣れたけれど、相変わらず外の世界はコロナ景気で厳しいまま。
サッカーは再開したしプロ野球も開幕したけれど観客はスタジアムに入れない。
まるでこの窓の外に降り続く長雨のように、世界が元に戻る日の見通しはまだ立たない。

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ある梅雨の在宅勤務な鹿島さん

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