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コーギーとお昼寝

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リュウゼツランは空に咲く

気が狂ったように熱い月曜日の朝、社内チャットで水島が突然短い文を送りつけてきた。
「うちに植えてあるリュウゼツランが咲いた!」
一緒に届いた写真には成人男性の背丈を余裕で越すほどの緑色の木に、黄色い糸をまとめたような花が咲いている。
確かに咲いているのはわかるが何がどう珍しいのかがいまいちわからずにいた俺に対して、一番に返答したのは京浜さんだった。
「リュウゼツランって数十年に一度しか咲かないお花でしたよね?」
「そうそう!それこそ60年ぐらいずっと植えっぱなしだったのに今朝見たら急に咲いてて!」
水島はなおも短い文章の連投で興奮をぶちまけてくる。
本人の話を要約するとこうだ。
3ヶ月ぐらい前からは花が咲く兆候が見え始め、いつ咲くかとワクワクしていたらついに今日咲いたので福山ちゃんに報告しようとしたものの、運悪く夜勤明けで熟睡中だから叩き起こすことが憚られて俺たちによこしてきたという。
「西宮、この事葺合にも報告しといてよ」
チャットがあまり得意じゃない(水島のタイピングが早過ぎてついていけないらしい)西宮は『わかった』と短い返事に留めていたけれど、俺の脳裏には疑問がよぎる。
「葺合がなんでお前んちのリュウゼツランと絡んでくるんだよ」
「このリュウゼツランは、昔ここにどうしても花が咲く木を植えたい!って西山さんに言ったらすごい喧嘩になったことがあるんだよ」
水島の言い分で思わずその景色が目に浮かぶ。
ミスター頑固親父な西山の親父さんと一度言ったことはまず曲げない水島の喧嘩、想像するだにキツそうだ。俺のいないところでよかった。
「それで葺合が西山さんを説得して木を植えさせてもらったんだけど、記念に一本買ってくれて植えたやつんだよ」
「え、あの葺合が親父さんじゃなくて水島の肩を?」
俺の見た限りだと、葺合にとって西山の親父さんは唯一無二だった。
あの人が言うのならば間違ってないと見做し、その祈りは現実になると誰よりも強く信じ、どの職員たちよりも西山さんに深く惚れ込んでいたのは葺合だった。
俺が近所の製粉屋とのトラブルで毎日うどんを食わされてもう嫌だと泣き喚いても『親父さんも毎日うどんだろう』と俺に一ミリの分もなしという態度で言い返した葺合である。
理にかなって無さそうな水島のワガママを受け入れて親父さんを説得する、と言うのがいまいちピンとこないのだ。
「そー、あの時は珍しくこっちの肩持ってくれたんだよね。
水島は造成地でぺんぺん草もないし、100年続く製鉄所にするのなら花のひとつ植えてやってもバチは当たらないって」
確かにそれは正しい気がする。
製鉄所というとどこも機械だらけで殺風景に思われがちだが、実際は芝生や生垣などのちょっとした緑を配置しておくことが多い。
製鉄所は機械が主力となった今でも人間が動かしてるのだ、多少の安らぎは必要というわけだ。
水島はその後も長々とリュウゼツランとの思い出を語るので思い立って聞いてみた。

「このリュウゼツランの写真、会社のTwitterに使っていい?」

水島個人の長い思い出話はカットするにしても、誕生から見つめてきたこの木のことを記録に残す意味はきっとある。



千葉と水島

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麦茶は一日5リットル

「和歌山、もう麦茶ねえから帰り買って来て」
麦茶の作り置きを作ってくれている海南が俺にそんなことを頼んでくる。
「もう無くなったかぁ、仕方ないけどこの時期は減りが早いよね。タブレットはまだ残ってたよね?」
「あー……もう三分の一ぐらいだな」
買い置きの塩分補給用タブレットが詰まった箱を確認しながら「じゃあぼちぼちまとめ買いしなきゃねえ」とつぶやいた。
いくら人間でないと言えど倒れれば何が起きるか分からないので、夏の熱中症・脱水対策は欠かせないから麦茶と塩分補給タブレットは必須だ。
コロナで車の需要回復しはじめてからにわかに鉄鋼需要が戻り始めてきたのは嬉しいが、どんどん気温が上がっていくせいでどっちも消費が激しくなって来た。
(八幡さんに会社で助成出してって言って見ようかなあ……無理だろうけど)
そんな無意味なことを思いつつ朝ごはんのおにぎりと梅干しを咀嚼し、空いた手で今日買って帰るものをスマホにメモしておく。
「ごちそうさま、今日夕方までだから7時には帰るよ。海南は今日在宅勤務日でしょ?」
「おう。ちなみに明日夜まで不在だから夕飯の買い出しも頼む」
「はあい。じゃ、」
海南のほっぺに行ってきますのキスをすると「ご安全に」と返すのだ。



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和歌山と海南。夫夫なのですぐいちゃつく。

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夏の古傷

長く生きていれば古傷の一つや二つ出来るのは当たり前の事だが、それが夏という季節そのものに結びついてしまっているせいだろうか。
夏になるとどうしても喪った人々のことを思い出してしまう。
白菊の花を喪われた命へと手向けては、少しでも古傷の疼きの慰めとする。
「こんにちわ」
「おう、シーウェイブス。どうした?」
「いい鰹が安く買えたので良かったら一緒に、と」
抱えてきたスチロール箱にはなかなかの大きさの鰹がまるごと一匹。
ひとりで食うには持て余しそうだ。
「今年は豊漁でずいぶんと値下がりしてるみたいで」
「はー、こりゃいい鰹だな。わしも貰うか」
二人がかりで鰹をさばいて刺身にし、幾ばくか漬けと煮物にしておくことにした。これで当座は酒の肴に困らないだろう。
それでも調理し切れなかった分はシーウェイブスが真空パックの機械を持ってるのでそれで保存が効くようにしてくれたので、ゆっくり食えばいい。
そうして出来上がった鰹には市販の薬味やしょうゆを添え、焼いたなすときゅうりの漬物に残り物のご飯を並べれば立派な一食だ。
(あの頃は願っても食えなかった食事だな)
困窮の時代にあっても人に望まれ、生きてきた。
その望まれたこと自体が重荷となり様々な痛み苦しみと混ざって古傷となってしまったけれど、それでもこうして生き延びて居なければ見られなかった景色を一つ一つ覚えておこう。
古傷の一つ一つには人間の祈りと願いが込められている。
「「いただきます」」
働いて食べて命をつなぐ。その営みを見守ることが己の使命ならば。



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釜石とシーウェイブスさんのはなし

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七夕飾り

今年も見事な梅雨空のなか、事務所の玄関に七夕の竹が飾られている。
毎年戸畑が事務所でも季節の色どりがあれば気分も違うだろうと飾っているが、今年はずいぶんと短冊が多く飾られているように見える。
「おはようございます」
短冊を吊るしていた戸畑に「今年も立派なもんだな」と声をかける。
「あるとないとじゃ多少気分も違いますしね。小倉さんもどうですか、短冊」
「短冊なぁ」
わざわざ天のお星さんに祈るような願い後事も特段思い付かず、小さくあごをかく。
職員たちのように恋人だの給料だのを祈っても届くはずがないことも分かっているので余計にだ。
「気が向いたらでいいですよ」
「じゃあ気が向いたら、な」
今日の目的は本部事務所内でのオンライン会議だ。そっちがまずは優先である。
会議が終わったら戸畑と飯に行ってもいいかもしれない。そんなことを考えながら慣れた足取りでいつもの会議室へと赴いた。

-数時間後
会議が終わって玄関へ戻る途中、短冊の詰まった箱が目についた。
行きがけに目についた七夕飾りに何か書かないかと戸畑に言われたことを思い出し、ふとあることを思いついた。
数枚の短冊をもらっていつものペンでいくつかの願い事を書き込むと「小倉さん」と声がかかる。
「この後お昼どうですか、いいうどん屋さん見つけたんです」
「……戸畑って粉もん好きだよな。まあいいか、俺も行く」
「あ、短冊書いたんですね」
「これ飾ってからでいいか?」
「もちろん」
最初の短冊にはコロナの早期終息を祈った短冊は見えやすいところに。
二枚目の短冊には景気回復と業界の好景気の到来を祈る短冊は数の少ないところに。
そして最後の短冊は、一番高くて空からよく見える場所に。
「なんでそれだけ一番上に?」
「神様によく届くように、だな」
最後の短冊は俺の周りにいる奴ら(八幡を除く)の幸福を祈る短冊だ。
あれこそが一番の願いであり、届いて欲しい祈りなのだ。
「そういや今日行くうどん屋は何が旨いんだ?」
「肉うどんがいいんですよね、小倉さんお好きじゃないですか」
この娘の幸いはどこにあるのか。それは天の星に祈るしかない。



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小倉と戸畑

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残りの日々を数えて

最近退職願や異動届の書類を扱う事が増えて、ああもうすぐ僕はいなくなるのだなあと思う事が増えた。
その寂しさに慣れていくしかないのだろうと分かっていても無性に寂しくなってしまう。
何となく飲みたくなって貰い物のジンを炭酸水で割る。
今までお世話になったからと言って渡してくれた関連会社の社長の顔を思い出すと泣けてきてしまい、慣れない風味の酒を無理やり流し込んだ。
「呉、生きてる?」
突然玄関のほうから広畑さんの声がして「生きてますよ」と返す。
そういえば昼間暑かったから玄関を開け放して風が通るようにしていたんだった。
「せっかく呉の所に来たのに今日早番でいない言うから家まで来ちゃったんだけど、あがって大丈夫?」
「どうぞ」
周南もいないひとりきりの夜だ。
広畑さんは夕飯のついでに買ったというコンビニのケーキセットを持ってきていた。
「ケーキですか」
「デザートに買って来たんだ、ショートケーキとチョコケーキどっちがいい?」
「どっちでもいいですよ」
「じゃあショートケーキで。お酒も付き合おうか」
「……ジンって飲んだことあります?」
「あんまり。でもまあジュースで割れば行けるでしょ」
広畑さんは買って来ていた数本のジュースから何が良いかとスマホで調べて、オレンジジュースとジンを混ぜて飲むと「うん」とつぶやいた。
「これなら思ったより行ける」
「一口貰っても?」
試しに受け取って見らば確かに思ったよりもジンの癖が和らいで飲みやすい。
こちらのほうがケーキにはあうかもしれないなと納得して「次からはオレンジで割ってみます」と告げる。
幸か不幸かまだ口を開けたばかりのジンはたっぷり残っているから次の機会に試そう。
「呉、またこっちに来る機会があったら一緒に呑もう」
「……僕で良ければ喜んで」

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呉と広畑

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