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コーギーとお昼寝

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ラリエットに祈りを

「釜石、今年も誕生日おめでとうございます」
久しぶりにうちの玄関前までやってきた八幡は小さな紙袋を手にしていて、その言葉でもう12月なのだと思いだした。
12月1日は日本で最初の洋式高炉から銑鉄が生まれ、鉄の記念日とされている。
そしてその流れを引いているわしの誕生日として周りから祝われている。
「お前さん仕事はいいのか?」
「仙台からちょっと足を延ばしただけですから」
「……片道3時間はちょっと足を延ばしたって距離じゃなかろう」
「まあここにも一時間くらいしかいられないんですけどね、すぐ東京戻らないといけないんで」
「じゃあ後で新花巻まで送ってやる、そのほうが時間気にしないで済むじゃろ」
人事部の職員が午後から行くというのでそれに便乗させてもらおう。
いちおう瞬間移動という特殊能力はあれど必要以上に使えないのが面倒くさいですねえと八幡はぼやく。
「茶ぐらい飲んでけ、お前さんにここは寒かろう」
「じゃあ、お邪魔します」
暖房を効かせた部屋の一番上等な座布団に座らせ、熱いお茶で身体を温める。
「思ったより雪じゃなくてよかったです」
「まだ氷点下行ってないしな、でも内陸のほうはもう降り始めたんで冬タイヤに変えたぞ」
「もうそんな時期ですね、うちのにも確認させないと」
思い出したかのようにお茶を飲みつつ戸畑に短いメッセージを送ってから、やおら携帯とお茶を座卓に戻した。
「さて、これが今年の誕生日祝いです」
紙袋から出してきたのは長い金属製チェーンで先端に青く輝く宝石が埋められており、今年は宝飾品かとつぶやいた。
「たまには反物以外のものも良いかと思いまして、洋装の時にでもつけてくださいよ」
「……どういう風に使うのか全然分からん」
「ラリエットっていうネックレスの親せきみたいなやつですよ、紐状だから首以外にも巻けるんで手首でも足首でも好きに巻いてください。ループタイ代わりにもなりますし」
確かに長いひものような形状で巻こうと思えばどこにでも巻けそうだ。
着物には合わないだろうが、スーツなら合いそうな気がする。まあつける機会年に一度ぐらいだろうがな。
「まあ、ありがたく貰っておくがよくこんなもん見つけてきたな」
「あなたが持ってないものをあげなくちゃ意味がないじゃないですか。それにどうしてもタンザナイトが良かったんです」
「この石か?」「ええ」
この青い石はタンザナイトというのか、と思いながらその青い石を見つめる。角度を変えると青紫にも輝きを変えるその石は確かに美しい。
(……産業用鉱物はまだしも宝石類になるとさっぱり分からんな)
知らないことは色々あるものだ。
「地球でただ一か所しか見つけられない特別な石であり、つけた人を守る守り石ですしね」
その愛情ゆえの熱のこもった言葉に小さなため息がこぼれる。


「……お前さん本当にわしのこと好きだな?」

その言葉に「当然でしょう」と八幡は当たり前のように答えた。

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釜石と八幡。
昨日やった診断でラリエットに「遠くから幸せを願う」意味を込めて釜石に贈る八幡にときめきを感じたのでそれをぶち込みつつの、何度目かの鉄の記念日ネタでした。

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水島ちゃんのちょっと悲しかった話

二人そろって夜勤が入った土曜日の朝、家に戻ると水島がちょっと落ち込んでいた。
「……水島?」
「録画してた所さんの奴なんだけどさ、」
水島が口に出したのは金曜の夜に放送された番組の話だった。
確かテレビの取材が入ったのでウキウキで取材を受けて、業界紙の記事にもなったアレの事だろう。
「思ったより放送時間短かった……出演者のサインより一時間ぐらい流してもらうよう頼んでもらえばよかった……」
水島の凹みポイントは察せられた。
結構気合い入れて取材対応してたのに思ったより短いというのが凹みポイントらしい。
「番組の1コーナーだもの、ある程度は仕方ないわよ」
「どうせなら番組の半分ぐらい使って欲しかったなって……」
「それに水島、1時間番組だってCM挟むから実質50分ぐらいしかないんだし、ね?」
「実質50分のうちの30分ならほぼ半分が私だった……?」
ちょっと水島が気力を取り戻してくれた。
「あったかいもの食べて一緒に寝たらもう一度見返しましょうよ、水島の一番カッコいいところ流してくれてるかもしれない訳だし」
「そうだよね!福山のおっぱい枕で寝たら元気戻るよね!」
「うんうん、そうと決めたらごはんにしましょ」
シレッと一緒に寝ることが決まってしまったがそこは大目に見てあげよう。
朝ごはんに購入したパンと牛乳を温めに台所へいざなうと、水島も後ろからひょこひょこついてくる。
(まあ、そんな水島が可愛いから半世紀も一緒にいる訳だしね)
空腹と睡眠欲が落ち着いたら一緒にカッコいい水島を見届けよう、そんな気持ちで甘いホットミルクを作るのだ。


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福山と水島。

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お疲れさまとオニオンスープ

久しぶりの自宅は埃っぽい空気に満ちていた。
スーツから部屋着のジャージに着替え、窓を開けると冷たい夜の風が吹き込む。
一足飛びに冬に突き進んでいくせいで具合を悪くさせる人もいてつくづくげんなりする。
(……最近は何もかもの動きが早くて嫌になりますね)
タバコの火をつけるといつもの煙がふわりと漂って風に流れて消えていく。
この後どうしようかと夜空を見上げて考える。
そういえば空港で食べるつもりだった夕飯をまだ食べていなかった事を思い出した。
この時間だとすでに寝てるだろう戸畑をこき使うのは些か忍びない、小倉を叩き起こしてもいいが余計な喧嘩を売るのもおっくうだ。
買い出しに行くのも面倒だし冷凍庫に何かあっただろうかと開けてみると、冷凍のスープセットが出てきた。
いつ買ったのかは覚えてないが少なくとも期限は切れていない。
レンジに入れてスープを解凍し、買い置きしてあるくろがね堅パンを軽く砕いて食べやすくする。
この家で過ごす時間はそう多くないので日持ちするものしか置かないようにしているが、しばらくはこちらで過ごせそうなので明日買い出しに行ってもいい。
チンとレンジが音を鳴らせば熱々のスープが出来上がると同時に煙草を消す。
大きめのマグカップにスープを注いで砕いた堅パンをざらざらと流し入れる。
スープを一口すすれば玉ねぎの甘みがしてホッとする。
窓の外には己が育ち、育てた北九州・八幡の夜。
ここはやはり自分の街なのだと思えば思うほど、誰にもここを傷つけさせまいという思いがじわりと胸に染みていった。



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八幡さんの夜食

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不安と向き合うクッキーモンスター

八幡が宝山を特許侵害で訴えるという。
そんなニュースを聞いた時、何となく教え子だった宝山の事が心配になった。
新日鉄が技術供与して生まれた宝山の世話を俺に命じたのは八幡だし、宝山も俺にはよく懐いてくれた。
何というか、長男と末弟の喧嘩に巻き込まれて居場所がない次男のような、そんな言葉にしがたい居心地の悪さがぼんやりと胸の奥に渦巻いた。
スマホを手に取ってLINEを立ち上げる。
宝山の胸の内を聞いてみたいような、かえって火に油を注ぐのではないか、とぐるぐるした気持ちで言葉をまとめられず結局スマホを伏せた。
(……なんか違うことするか)
しかしこういう時に限ってやることが無いのが困りものだ。
とりあえず無心になれる事で検索をかけると料理-特にクッキーづくり-が良い、というので作ってみる事にした。
そういや卵と無塩バターがない。まずそれを買いに行くところからか。

―数分後
とりあえず無塩バターと卵、ついでに味付けに使えそうな奴とちょうど切らしてた牛乳を買ってきた。
レシピはネットで探したものを参考にする。
とにかくレシピ通りに材料を延々と混ぜているとそれだけに集中できる感じがして、少し気分が落ち着いてくる。
基本のクッキー生地ができた。3つに分けて味付けを変える。
まずはチョコチップ。どれくらい入れればいいのか分からず目分量でクッキー生地に練りこむと多すぎて苦笑いが出た。
(……まあ生地の状態で凍らせれば日持ちするらしいし、なんとかなるか)
次は抹茶。混ぜていくうちにじわじわと生地が緑に染まっていくのが面白い。粘土細工に似た感触を楽しみながらしっかりと混ぜ込む。
あとはそのままの味にしておこう。
これらをラップで巻いて休ませ、落ち着いた後に焼くらしい。
小麦粉とバターが切れるまで延々とクッキー生地を作っていくと気持ちが落ち着くような気がする。
2度目の生地作りでチョコチップを使い切ると、3度目の生地作りではほうじ茶の茶葉で味付けした。紅茶を切らしているので仕方ない。
バターと卵が切れた頃には100人前ぐらいはあるのでは?というほどのクッキー生地が生まれている。
「……無心にはなれたけどこんなに要らねえな?」
まあ焼いて従業員関連会社等々の人の胃袋に収めて貰えばよかろう。
試しに一つ焼いてみる事にしよう。
ぼちぼちお休みも終わらせていいだろうクッキー生地を取り出して、ナイフで5ミリほどにスライスする。とりあえず各味3枚もあればいいか。
残りは冷凍庫に戻し、オーブンで焼いてみる。
オーブンの中でクッキーが焼けるのを待っていると置いてあったスマホが音を立てた。
『君津老師、お元気ですか?』
「宝山……」
電話の相手は懸案事項の宝山だった。
このところずっと多忙にしてる宝山だ、仕事の隙間を縫ってわざわざ電話してきたのだろうか?
『私のために悩んでた声ですね』
「……多少はな」
『見た目の割に優し~い人ですからね、君津老師は』
「俺の見た目の事は別にいいだろ、八幡が急になんか言いだしてびっくりしたろ?」
『本当ですよ、吃驚しすぎてアイヤーのあの字も出てきませんでしたし!まあ私売られた喧嘩は買う人なのでね!気にしなくていいですよ!』
「買うのか」
『もちろんですよ。でも悪いのは八幡さんであって君津さんじゃないです』
「そうか」
オーブンから焼けた香ばしい匂いがして、残り1分もしないうちに完成する。
「色々落ち着いたらまた遊びに来いよ」
『はい』
オーブンがチンと音を立てたのでまた今度と電話を切る。
もう少しクッキーを練習したら、中国茶に合う味を考えよう。
何があろうとも宝山は可愛い弟子だから。



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君津と宝山。

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かはたれ時

まだ夜明けも遠い時刻にのどの乾きで目が覚めた。
重い体を起こして水道水を一気に飲み干してもまだ足りなくてもう一杯を飲み干す。
壁時計は午前3時すぎを指していて、あれを見に行けと言うことなのかもしれないと思うとため息が漏れた。
夜明け前の寒さをしのぐために薄いジャケットを羽織って外に出ると悲しいくらいに良く晴れている。今日は雨も降らないらしい。
足を延ばしたのは第一高炉の足元。
『俺が長らく願ったこの火を大事にしてね』
60年前のあの日、次屋兄さんが俺にそう語ってくれたのを思い出す。

この高炉の火は2021年9月29日午前3時20分を以て、俺の手から消えていく。

その火の消える瞬間を取ろうとするメディアのカメラが薄暗い海の向こうに光るのが見えた。
彼らもまたこの火が消える悲しみを悼んでくれるのならばいいのだけれど、と皮肉めいた気持ちが沸いた。
20分を過ぎると高炉の火が徐々に小さくなっていく。
高炉の火はいまや希望の灯ではない。
二酸化炭素を大量に排出し、長らく鉄の供給はだぶつき、国内製造業は未だ混迷の中をさまよう。
そしてこの希望の灯の下にいた人々を僕は支えることも救うことが出来ない。
高炉の先から燃えていた火がポッと最後の煙を吐いて消えてく。
僕はその消えてしまった火の名残を目を凝らして追いかける。
もう煙の名残りも負えなくなったころにはメディアの船や飛行機も消えていき、空がかすかに明るくなり始めた。
僕の祈りなど知らぬ太陽によって無慈悲に夜は明けていく。


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呉さんと最後の高炉の火

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